週休二日〜アニメと文学の分析〜

ネタバレあり。一緒に読み解いてくれる方募集中です。詳しくは→https://yomitoki2.blogspot.com/p/2-510-3010031003010013.html

魔の山 追記その4~ワルプルギス・ループについて~

 

dangodango.hatenadiary.jp

 上の解説で最も肝になるのが「ワルプルギス・ループ」の項である。トーマス・マンはあるいは当時の文学者は、時間問題をかなり重要視していた。

 

ワルプルギス・ループと名付けてはみたが、実際にはループが完成しない。ループするギリギリのところで始点と終点は交わらず、軌道は螺旋のように上へ昇っていく。

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引用:https://blog.studiofruitjam.com/2018/11/20/conical-spiral/

 

作中、ワルプルギス・ループは7回ある。カストルプくんは7回中7回ともループの失敗する。ループチャンスは一年に一回しかない。彼は毎年チャレンジしては失敗して、7年間のうのうと生き続けニート同然になったとき、第一次世界大戦が勃発するわけである。

 

以下、本解説で端折ってしまったワルプルギス・ループについて

 

ワルプルギス・ループとは

週休二日が勝手に命名した直線時間と円環時間の折衷案的表現である。円環時間で代表的なのはゲーテファウスト」。この手法について、命名者は私ですが、発見者はfufufufujitani氏である。

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ここでストーリー上重要なのはファウストの旅だけなのですが、
ホムンクルス劇はストーリー以上に、全体の思想を決定づけています。

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「古代のワルプルギスの夜」は、第二部の第二幕にあります。ワルプルギスに先立って二つの章が置かれています。

・狭いゴシック式の丸天井の部屋
・実験室
の二つです。

「実験室」はホムンクルス誕生の説明ですが、特に意味はありません。重要なのは最初の、「狭いゴシック式の丸天井の部屋」です。
ここでメフィストフェレスが昔(第一部で)馬鹿にして煙に巻いた学生が再度登場します。学生は成長しており、増長しています。第一部の時点では尊敬していたメフィスト扮する老先生を散々に侮辱します。この増長学生をホムンクルス劇の前に置いたのが、天才の天才たるゆえんです。

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第二幕全体で理論の流れを見てみましょう。

1、若いものは年寄りより進歩していると思っている。
2、研究者が人造人間を作る
3、生まれたての人造人間はファウストメフィストと一緒に古代世界にタイムトリップする
4、人造人間は「人間として出来上がりたい」と希望して、古代の海に溶け込んで消える。その後時間をかけて人間になると思われる。

つまり、ここでは「進歩」がループしているのです。科学技術が最先端にたどり着くと、古代ギリシャに戻って一からやり直す。時間がループしていると言っても良いです。増長学生ナシでもいけますが、彼が居たほうがこのループがわかりやすいのです。

キリスト教の世界では、時間は必ず一方方向に流れます。いつか御国が来る。主は御国の王である。その日を待つのがキリスト教です。このループ時間はそれの完全否定です。永劫回帰の時間です。ファウスト第二部の出版が1833年ニーチェの「ツァラトゥストラ」が1885年です。ツァラトゥストラの背後にはファウストが立っているのです。

時間計算は「~を法とする計算」をします。60分経過すると0分から始まる。24時間経過すると0時間から始まる。365日経過すると1日目から始まる。今は西暦が多いですが、元号改元すると元年から始まります。
「西暦」という考え方、キリスト生誕から一直線に伸びる時間という感覚が、実はなにげにマイナーな趣向なのです。

引用:「ファウスト」解説【ゲーテ】|fufufufujitani|note

 長々と引用させてもらったが、ワルプルギス・ループとは、

 

1、若いものは年寄りより進歩していると思っている。
2、研究者が人造人間を作る
3、生まれたての人造人間はファウストメフィストと一緒に古代世界にタイムトリップする
4、人造人間は「人間として出来上がりたい」と希望して、古代の海に溶け込んで消える。その後時間をかけて人間になると思われる。

 

という手順をパロディにしたものである。作者のトーマス・マンは自分のことをパロディストと言ってたくらいで、当然自国の文豪であるゲーテをパロディにしていても不思議ではない。

 

もっともマンが伝えたかったのはループではなく「ループの失敗」なので、正確には「ワルプルギス・ループの失敗」かもしれぬ。

 

 

 1回目:5-7〜5-9

1回目はサナトリウムに引っ越してきたハンスがヨーアヒムやセテムブリーニとの交流、ショーシャへの恋、そしてベーレンスによる結核宣告(=死に漸近する)を経て、5-7でベッドで専門書を読むところから始まる。解剖学、生理学の本を読むシーンなのだが、専門的な記述が何十ページと続く。ハンスは読んでいるうちに「これを読んでいる自分は凄い。なんだか解剖学や生理学の知識が身についてきた」と錯覚する。そして賢くなったと傲慢になる。増長する。

 

そして5-9「ワルプルギスの夜」に入る前に、5-8「死人の踊り」が入る。クリスマスパーティーのあと、ハンスの発案で危篤患者をお見舞いするシーン。何人かの危篤患者を見送ったあと、カレンという少女と出会う。まだ幼いのに死に瀕している少女を憐れんで、ハンスとヨーアヒムは一緒に観劇やスケートをして遊んであげる。そして、3人は墓地に行く。そこで二つの墓の間に空き地がある。「三人は左右の石碑のいたいけな年数を読んだ」とあるので、おそらくカレンと同じくらいの幼い子供の墓である。つまり、この空き地にはやがてカレンの墓が立つことになる。死の予感である。

 

ここ自分でもよく分からなかったのだが、死人の踊りという題から察するに、ワルプルギスがすでに始まっている。やたら固有名詞が一回限りのモブキャラが出てくるあたり臭い。そうすると、カレンという死の予感がする少女はグレートヘンに対応することになる。清純な感じはたしかにグレートヘンだが、かなりモブ扱いになっている。

 

いよいよ5-9「ワルプルギスの夜」。謝肉祭の夜、サナトリウムでパーティーが開かれる。患者たちはみなコスプレやゲームで盛り上がり、ちょっと妖艶な雰囲気も出ている。

 

恐らく多くの読者が「ファウスト」第一部のワルプルギスの夜を想起されたと思われるが、人込みから外れてショーシャと二人きりになる場面からは第二部古代のワルプルギスの夜である。

 

ショーシャのいる部屋に入る途中、セテムブリーニから警告されるのですがハンスは無視する。この辺、メフィストと増長学生の関係をうまく再現できている。

 

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ここも「ガラテア」の意味がわからないと理解不能です。「ファウスト」第二部の第二幕、「古代のワルプルギスの夜」の最終章、「岩に囲まれたエーゲ海の入江」に、女神ガラテアが登場します。

ホムンクルスが人間への進化方法を探してギリシャを旅していると、海神ネーレウスが娘たちを待っています。彼女たちは年に1度だけ父親ネーレウスに邂逅します。今回は彼女たちは、難破した船から救った若者たちを連れています。
「父上、この者たちを不死にしてください」
「ゼウスには出来ても私には無理だ」

そして最愛の娘ガラテアが来ます。一瞬の邂逅です。すぐに父の元から離れてゆきます。それを見たホムンクルスはガラテアの足元の海に溶け込んで、人間への進化の過程を歩みだします。

引用:「悪霊」解説【ドストエフスキー】|fufufufujitani|note

 

第一部の雰囲気を出しておいて、内容は第二部のガラテアをやる。三島が評したように、トーマス・マンという作家は「したたかな」作家である。

 

以降のハンスの告白がショーシャに振られる流れは本解説でも話したので割愛する。思春期モテない男子の勝算ゼロの特攻は痛々しいが、ショーシャを追って死ねなかったホムンクルスの魂と解釈すると、時間問題を扱った上手い文学的表現だということが分かる。

 

ちなみに新潮文庫の高橋訳だと2人の会話はカタカナで大変読みにくい。これはフランス語で話していることを表現しているためである。「戦争と平和」にもあるように、当時のロシア富裕層はロシア語ではなくフランス語を話す。

 

2回目:6-4〜6-7

 

ショーシャへの失恋をあっさり克服して2年目に入ると、またしてもハンスは増長する。植物学や天文学の長々とした記述に当てられ、セテムブリーニとナフタの議論を立ち会っているうちに賢くなったと増長する。そして死への親近感を覚える。死にたい、つまり円環時間を手にしたいということである。そして、スキーに乗って山奥へ入っていく。

 

この時もセテムブリーニはハンスへ警告するが、無視する。反抗期の厄介息子は手に負えない。

 

この後、雪をスキーの杖でつつくと雪の光が見えて、それがヒッペの眼に似てるという文章が出てくるように、ショーシャ=ヒッペは確定である。

 

以降は本解説で説明したので割愛する。訳者高橋は、「あそこで終わっていて決して不自然でもぶさまでもない」とあるが、ループの失敗を7回やらなければ煉獄山の七つの大罪を贖ったことにはならない。早く終わってほしい気持ちは分かるが、意味がないのである。まだ2回しかやっていない。面白さとしては蛇足でも、第7章以降の話も重要なのである。

 

そして、7-1で時間について明記しないことが述べられる。すなわち以降のハンスの滞在時間は必ずしも断定できない。なので前後関係から洗って推定するほかない。違うのでは?と言われたら教えて欲しいのだがマンがわざと書いてない以上、どの説も断定できないと思われる。

 

その5へつづく