魔の山 追記その3
今更気づいたが、ヒトラーの別荘の名前が「ベルクホーフ」であった。
これは舞台となったサナトリウム「ベルクホーフ」と名前が一致している。皮肉なもんである。
もちろん「魔の山」発表が1925年、ヒトラーが山荘を改築して名称変更したのが1933〜1935年ごろなので真似したとすればヒトラーの方である。ヒトラーはニーチェすらまともに読んだか怪しいくらいなので(ムッソリーニも怪しんでいる)、あの長ったらしい小説なんて途中で放棄したに決まっている、と勝手に思っている。
ところで、こんな本がある。
著者は昨年亡くなられたドイツ文学者池内紀である。「独裁者にペンで立ち向かった男」と帯文であるように日記を引用しながらナチスに抗ったマンを追っていく内容である。大変読みやすい。短いので手軽に読める。タイトルはいかついが、池内さんの文章もあいまってとてもぬるぬると頭に入ってきた。尊敬したノルウェーの作家クヌート・ハムスンの顛末や意外にカフカを読んでいたことなど面白いエピソードもたくさんあった。
しかし、マンがナチスと闘ったというのは本当だろうか?
そもそも彼は保守的な立場の作家だった。「非政治的人間の考察」を読めばそのことはすぐわかる。もっとも当時の作家たちはみな愛国精神を爆発させていたとロマン・ロランが嘆いていたので、マンに限った話ではない。
この長いエッセイで主張したいことはざっくり二つである。
1、デモクラティズム(民主主義)はドイツ人に向かない。なぜならドイツ人は非政治的であるから。
2、政治的とは非審美的である。審美的とはディレッタントである。
1に関しては民主主義批判である。現代人にとっては理解しにくいが、当時の帝政ドイツにとって民主主義者は左翼である。そして民主制はソクラテス、プラトンが疑ってたように決して優れた政治体制ではない。
問題は2である。さらに読んでいくとこんな例え話が出てくる。
平和を支持する政治家も、戦争を支持する政治家も存在するが、戦争と平和どちらも賛美する政治家はいない。その立場は審美的でありディレッタントであるから。
ここでは、二項対立が肝になっている。白と黒のどちらかに属して立場を決めるのが政治家であり、白と黒の真ん中、グレーの位置に立つのが審美的であり芸術家である。中庸の思想、まんまトニオ・クレーガーである。
要約すると「芸術家は審美的なのだから政治に口出しすべきでない」というのが彼の主張である。政治は政治家、芸術は芸術家。
ノンポリ姿勢が第一次大戦におけるトーマス・マンの立場であったが、戦後態度を改める。いわゆる転向である。「ワイマール共和国を支持しよう」「民主主義を信じよう」と戦前から反対のことを述べる。
保守派からリベラルへの転身を果たしたマンは、ナチスが台頭すると1930年に講演「理性に訴える」でナチズムの危険性を指摘する。ここから彼の亡命生活が始まる。この辺の事情を語ってくれているのが上の著作である。
第二次大戦では、第一次大戦と打って変わって「政治的発言」を強調し、ナチス批判など積極的に「政治的行動」をする。ここでいう「政治的」とは「民主主義的」である。芸術家であってもノンポリ仕草を捨てて積極的に政治的発言をする。
「中立は中立ではなく、現状維持に加担している」
「芸術家だからといって政治から逃げることは許されない」
これらの精神はギュンター・グラスを始め戦後のドイツ作家たちに受け継がれてゆく。恐らく現代のリベラリストも同様の考えであろう。ナチスが犯した罪は今後1000年は消えることはない。ドイツ人は未来永劫贖い続けなければならない。
「ワーグナーの中には、たくさんヒトラーがいる」とはマンの言葉である。
話変わるが、ドイツの名指揮者フルトヴェングラー(カラヤンの前のベルリン・フィル主席指揮者)はナチス台頭後も国内に留まり、ヒトラーの命令でベートーベンやワーグナーを指揮した。
戦後、マンはフルトヴェングラーを批判した。「自分は芸術家だからと見て見ぬを振りをした責任は取るべき」と。その一方で、ラジオから流れるフルトヴェングラー指揮のワーグナーに感心している。「やっぱり凄い…」と。ナチスと闘った文豪がナチスの音楽に感動している。芸術と政治の相克に揺れ続け、揺れ続けたまま死んだ。彼が本当に闘っていたのはナチスというより自分自身である。
Twitterなんかでも、リベラル派知識人はよく日本人を批判する。海外と比べて日本のここがダメであることを語る。日本のアニメはここがダメであると。そして、日本のユーザーはそのことに辟易している。「リベラルは鬱陶しい」と。よく見る光景である。
恐らく戦後のマンもこんな感じでドイツ国民にうざがられていたのだと想像がつく。アメリカで贅沢な亡命生活を送って、敗戦後の悲惨な国内状況を知らないのだから仕方ない。
しかし、マンのドイツ批判というのはその経歴から分かる通り、愛国心から来るものである。ドイツとドイツ文化を心の底から愛しているから批判するのであり、その面倒臭さは太宰を嫌悪する三島、手塚を嫌悪する宮崎に匹敵する。
マンは芸術家の政治無関心を批判した。そういえばTwitterで政治的発言をする作家、監督は多い。そして作家の政治的発言というのは政権批判である。それを見たファンは「大好きな作品の作者がゴリゴリの政治的発言をして萎えた」と嘆く。芸術家が政治に首突っ込むのを嫌がる人も多いだろう(というか多数派であろう)。
もしもトーマス・マンがTwitterを開いたら、日本のアニメファンを批判するかもしれない。「政治から目を背けるな」と。そうなったら私は何と答えようか。もしかしたら何も答えられないかもしれない。返す言葉がないかもしれない。しかし、黙って受け入れるつもりも毛頭ない。敗戦を経てもなお、ナショナリズムを保てる日本人を羨ましく思っているに違いないからである。思い切って皮肉の一つでも言ってやるのも良い。
「ワーグナーの中には、たくさんヒトラーもいますが、あなたもたくさんいますよ」と。