週休二日〜アニメと文学の分析〜

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ゲーテについて

魔の山コツコツ読み解いている。

 

しかし、非常に時間がかかる。なので息抜き代わりに雑文を投稿する。

 

トニオ・クレーゲルやベニスに死すもそうだったが、トーマス・マンの文章は一文が長く、難解で、くどい。胃もたれしてしまう。そしてこの濃厚な感じが最高潮に際立っているのが魔の山である。読むだけで一苦労。さらに大長編。ドイツ文学の傑作と言われながら、さして内容について議論されていないのもうなずける。

 

愚痴はここまでにして気になったことを書く。

 

第6章6節でナフタの生い立ちが語られる。ここで彼が発したとある文章を抜粋する。

 

ゲーテは敬虔主義に根をおろし、プロテスタントにちがいないが、非常にカトリック的な一面を持っていた。

 

 ナフタは現代で言う逆張りに近い性格なのだが、「ゲーテカトリック的」というのは大変興味深い。

 

もちろんゲーテプロテスタントである。ルターと同じドイツ人なのだから不思議はない。プロテスタントは聖書主義で、聖母マリア信仰を毛嫌いする。反対にカトリックはマリアを非常に大切にする。

 

ゲーテプロテスタントだから当然聖母マリアには否定的なはずである。しかし、そうではなかった。

 

matome.naver.jp

 

fufufufujitani氏のまとめにあるように、ゲーテは勇気をもって抗議した。聖母信仰どころか、女性を教義に組み込めというとんでもない要請をしたのである。

 

かなり危険なことを書いているがばれなかったようである。(もっとも第二部は死の直前に刊行している。この点抜け目ない)この辺からドイツでもさして読み込まれていないのだろう。

 

それでも後輩のマンは気づいたみたいで、それが「ゲーテカトリック的な一面がある」という一節に繋がる。文豪同士の高度なコミュニケーションを見せつけられた気分である。

 

魔の山にはワルプルギスの夜という名の章がある。ファウストとも因縁深いこの作品と今しばらく格闘する所存である。