週休二日〜アニメと文学の分析〜

ネタバレあり。(○分▽秒〜)は録画のタイムです。Twitter→@bunbunbun_245

「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」の答え合わせと解説の巻

ãéæ¥ãã¿ééã¢ãã¡ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

「前回、こんな予想をしたわけだが」

 

f:id:ramuniku_31:20181101122037p:plain

 

dangodango.hatenadiary.jp

 

 

「早速、答え合わせというわけやな」

 

「最終回まで見た結果は下の通りになる」

 

f:id:ramuniku_31:20190104202247p:plain

 

 「なんか増えてないか」

 

「結論から言うと、青ブタは涼宮ハルヒ化物語を合わせたもの、つまりドッキングだった」

 

「それはつまり、予想が外れたということか」

 

「半分合って、半分間違えたと言ってもらいたい」

 

「言い訳は醜いぞ」

 

「まあ最初だから仕方ない」

 

「点数は20点くらいでええか」

 

「いや、涼宮ハルヒが下敷きになっていたのは分かったし、50点くらいは欲しい」

 

「それはさすがに、甘すぎないか」

 

「そんなことはない」

 

「まあ点数なんてどうでもいいから、はやく解説をしてくれんか」

 

「どうでもよくはないが、なぜドッキングなのかについて説明していきたい」

 

「うむ」

 

「まず青ブタの登場人物について見ていく」

 

f:id:ramuniku_31:20190104193207p:plain

 

「なんか前回予想した時よりキャラクターが増えておるんやが」

 

「ここに涼宮ハルヒの憂鬱の登場人物を対応させる」

 

f:id:ramuniku_31:20190104193314p:plain

 

「古賀朋絵が不明やな」

 

ハルヒに後輩の女の子なんて出てこなかったので分からなかった」

 

「もしかしたら原作で登場しているのかもな」

 

「それだったらごめんなさい」

 

「あと豊浜のどかが涼宮ハルヒっていうのがよく分からん」

 

「豊浜のどかは思春期症候群で姉と入れ替わっている。つまり姉と一体化しているわけで、姉の桜島麻衣は涼宮ハルヒなので、豊浜のどか=桜島麻衣=涼宮ハルヒとなる」

 

 「次に、化物語の登場人物を対応させる」

 

「表をポン」

 

f:id:ramuniku_31:20190104193519p:plain

 

「国見佑真が不明やな」

 

「そもそも化物語はほとんど男が出てこないから」

 

忍野メメは?」

 

「考えたがあまりにも似てなくて却下した」

 

「牧之原祥子が忍野忍となっているが、羽川翼じゃないのか」

 

「祥子は捨て猫を拾うので羽川翼と考えそうになるが、そうすると双葉理央に該当する人物が分からなくなる」

 

「そうすると表がぐしゃぐしゃになると」

 

「表がぐしゃぐしゃなアニメは大抵駄作なのだが、この作品はそうではないので、なんらかの理由で祥子が猫を拾うことになる」

 

「表で考えると理央が捨て猫を拾うほうが整合性が取れるのにな」

 

「この辺はよく分からない」

 

「以上3作品をまとめて比較した表がこちら」

 

f:id:ramuniku_31:20190104200328p:plain

 

「深夜アニメだと思ってタカをくくっていたがよく出来ているな」

 

「キャラクター戦略には徹底的にこだわったのが表からよく分かる」

 

「まあハルヒ化物語をかなり意識して作ったんやろうなと」

 

「二匹の猫、なすのとはやてはそれぞれ涼宮ハルヒ化物語が下敷きになっているのを暗示している」

 

「ただ」

 

「なんや」

 

「青ブタは確かに良いアニメだが、それでも涼宮ハルヒの憂鬱よりワンランク下だと感じてしまう」

 

「それは恐らく、下の表のような構造がないからやな」

 

f:id:ramuniku_31:20180901222149p:plain

 

dangodango.hatenadiary.jp

 

 

「こういう構造があると作品の奥行きが増すというか、視聴者の心に残りやすくなる」

 

「とはいえ、それが無くても全然不名誉なことではなくて、涼宮ハルヒが凄いだけである」

 

「最終回で主人公が全力疾走したり、ヒロインと二人で雪を見たりしたのは消失を意識した終わり方やし」

 

dangodango.hatenadiary.jp

 

「まあ校庭のど真ん中で告白はさすがに痛かったけどな」

 

「憂鬱ラストのハルヒとのキスシーンを意識したっぽいが、いかんせん古臭かった」

 

「10年前だったら大絶賛だったかも分からん」

 

「そういえば、アニメが始まる前から劇場版が決まってたそうな。失敗したら偉いことになってたわ」

 

「 大した自信やな」

 

「その自信はどこから来るのかというと、大ヒットアニメ2作を下敷きにしたから」

 

「ということになるな」

 

 「劇場版はどうなるんやろうな」

 

「普通に考えて、残っている笹の葉ラプソディーと傷物語を下敷きとした映画になると予想できる」

 

朝比奈みくる忍野忍を融合させた牧之原祥子がメインの話っぽいしな」

 

「まあこういうのはまたの機会に考えるとして」

 

「今回はこの辺で」

 

「さようなら」

 

 

 

 

 

 

今後の予定と車輪の再発明

年内にブッデンブローク家の人びとの解説が終わりそうにない。

 

更新予定としては

 

1月・・・ブッデンブローク、青ブタ(アニメ)予想の答え合わせ

2月・・・魔の山、何かアニメの予想

 

あくまで予定なのであしからず。基本は月2回更新である。

 

というわけで12月は0投稿になってしまう。楽しみにしていた方(存在するか不明)には残念だが、所詮はブログなので致し方ない。

 

以上なのだが、ここで終わるのは寂しいので何か適当に書く。

 

 

最近はアニメそっちのけでトーマス・マン祭りである。別にマンが好きという訳ではない。未だにあの文体はくどいと思っている。もっと言うと面白くない。

 

ただ、構造を読むシリーズをやる上でそこが都合良い。

 

どの作家をテーマにするか考えたとき以下の条件が浮かんだ。

・優れた構造を持っていること

・後世への影響力が大きいこと

・難解であること

 

最後が一番大切である。ストーリーが面白いと「面白いから評価されてるんだろ。構造とか関係ないじゃん」と言われかねない。これでは説得力に欠けてしまう。

 

「面白くはないけど評価が高い作家」ということでマンを研究対象にした。

 

 

yomitoki2.blogspot.com

yomitoki2.blogspot.com

 

当ブログでも参考にさせてもらっているfufufufujitaniさんの風立ちぬ解説である。(ジブリ風立ちぬはマンの魔の山を下敷きにしている。)

 

実はトニオ・クレーガーと魔の山に関してはfufufufujitaniさんが断片的に解説して下さっている。つまり私がわざわざやる必要は無かった。

 

こういうのを車輪の再発明と言うのだが、もう少し深く掘り下げるためにやった。再発明は効率が悪いのでなるべく避けるべきだが、「他人に頼る前にまずは自分でやれ」の精神である。

 

ということで当面は構造を読むシリーズが続く。

 

そんでもってアニメの展開予想をやっていく。

 

これは仮説なのだが、数話みて構造があると分かったアニメ(例えばSHIROBAKO)はその後の展開を予想できるのではないか。章立て表を用いて。

 

今期で言えば、「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」は予想できると判断した。単なるオタク向けアニメなのだが、実験台としてはちょうどいい。

 

できるのはあくまで一部の作品だけだが、なかなか面白い試みだと思っている。

 

本当はエヴァとか聲の形とかやりたいのだが、放ったらかしである。現代の主役は文学ではなく映像作品である。来年はアニメにも力を注いでいきたい。

 

こんな感じの当ブログではあるが、少ないまでも一定数読者がいるようである。自分が社会の役に立っているとは思わないが、皆さんのお役に立てれば幸いである。

 

twitter.com

 

疑問や要望があればコメント欄やTwitterで受け付けている。気軽にどうぞ。

 

ではまた来年。

 

 

 

 

たわごと~ヴァネツィアに死すの主題について~

ヴェネツィアに死す」の主題について

 

dangodango.hatenadiary.jp

 

この解説では、あえて作品の主題について触れていない。「構造を読む」がテーマなので、話が脱線しないようにした。以下にそれを示す。

 

ヴェネツィアに死す」の主題

 

「若きウェルテルの悩み」は不倫愛という禁断の関係を描いている。

 

ヴェネツィアに死す」は同性愛という(その当時は)禁断の関係を描いている。

 

ゲーテはウェルテルの本能的で衝動的な愛を正当化するために、ウェルテルは太陽の象徴、ロッテは水の象徴とした。(詳しくは下記のNaverまとめに書いてある)

 

matome.naver.jp

 

不倫は衝動的な愛であるが、それが社会に受け入れられなくても、それは太陽の動きのように自然なことであるから、だれも非難できない。

 

これと同じことが「ヴェネツィアに死す」にも言える。

 

アッシェンバッハは道徳的で教育的な作品も書く作家であった。しかし、ヴェネツィアに行き、タッジオと出会ったことで衝動的な行動をとってしまう。

 

それが同性愛であり、ストーカー行為である。

 

つまり、アッシェンバッハもまた本能に駆られた人物なのである。ウェルテルと一緒。

 

ウェルテル=アッシェンバッハ、ロッテ=ヴェネツィア=タッジオである。

 

(タッジオはイギリス風のセーラー服を着たり、水兵服を着たりしている。イギリスは海洋国家であるからタッジオ=水である。水=ヴェネツィアよりタッジオ=ヴェネツィア=ロッテが成り立つ)

 

アッシェンバッハが美しいヴェネツィアの街を、ひいては美少年タッジオを愛することは、1910年代の社会では受け入れられなくても、それは太陽の動きのように自然なことであるから、だれも非難できない。

 

これがこの作品の主題である。そこはかとない主張ではあるが。

 

さらに、下の表は「ヴェネツィアに死す」の登場人物構成表である。

 

f:id:ramuniku_31:20181126010021p:plain



イギリス風の項目に注目してほしい。

 

イギリス人、もしくはイギリス風の格好をした人物が全部で3人いる。赤毛の男、タッジオ、旅行会社の事務員である。

 

3人とも比較的、主人公に好意的な人物である。旅のきっかけを与えてくれた者、愛する者、ヴェネツィアの実態を教えてくれた者。

 

他はみな不快な印象のある人物ばかりで、なぜイギリスだけが好印象なのか。

 

イギリスにはオスカー・ワイルドがいる。19世紀末に活躍し、男色の罪で投獄された作家である。イギリスは1967年まで男どうしの性的活動が犯罪だった。

 

ヴェネツィア」が書かれた当時、同性愛を描くのは許されても、正当化するのは許されない情勢にあった。

 

作者のトーマス・マンは水の都ヴェネツィアゲーテを使って、そこはかとなく正当化することに成功した。ヒントにイギリス風の人物たちを残した。理由はオスカー・ワイルドへの同情である。

 

数十年後、そのことにヴィスコンティが気づく。

 

そして、生まれたのが映画「ベニスに死す」のラストシーンである。

 

youtu.be

 

 日の光と海が溶け込んでいる。

 

この瞬間、太陽と水が一つになった。

 

アッシェンバッハとタッジオが一つになった。死の間際、彼のかなわぬ想いは成就したともいえる。

 

実は、原作のラストシーンでは日の光に関する描写はない。

 

本文には、ただ「いつもより遅い朝に起きた」とだけある。波の光の描写もない。そして、いつもより遅い朝ならもう少し日が昇っているはずである。

 

なぜか?

 

恐らく、ヴィスコンティは「ヴェネツィアに死す」の奥にある「若きウェルテルの悩み」に気づいてた。

 

作者のトーマス・マンゲーテを使って同性愛を正当化しようとしたことに。

 

だから波の光を映像にすることで、二人を融合させた。

 

誤解を恐れずに言えば、濡れ場である。

 

ただ、そんな意図は決してばれてはいけない。まだ1971年である。ばれたら批判どころか公開中止になる恐れがある。

 

ばれないように、しかし、そこはかとなく伝えている。

 

このラストシーンこそが、ヴィスコンティの力量のすごさである。

 

これを「ヴェネツィアに死す」の解説にも書こうとしたのだがやめた。

 

話が脱線しすぎであるから。

 

下品な解釈かもしれない。トーマス・マンヴィスコンティも下品だと思われたくなくて、必死に作っている。おっさんのストーカー物語を。

 

ヴェネツィアに死す」と調べると、「老いていく作家の苦悩」「理想の美の追求」という文言が出てくる。

 

美に関する記述が多いのは確かであるが、本当にそれだけなのだろうか。

 

アダージェットは愛の楽章である。「ヴェネツィア」も愛がテーマだと思えてしょうがない。

 

ただ自分はトーマス・マンが同性愛者だったとかヴィスコンティが~、とかは語りたくない。そういうワイドショー的な考察が一番嫌いなのである。

 

どんなに作家の日記を調べても、過去の経歴を掘り返しても無駄なのだ。

 

そこに真実はない。知りたければ、作品を、中身を徹底的に読むしかない。

 

そこから逃げて、作家の私生活からでしか語れない人間の文章に価値はない。

 

 次回は「ブッデンブローク家の人々」をやる予定である。場合によっては変更もある。

 

構造を読むとは その2~ヴェネツィアに死す~

前回、音楽の形式(ソナタ形式)を用いた小説の説明をした。

 

dangodango.hatenadiary.jp

 

今回も音楽の形式を用いた別の小説の説明をする。タイトルは「ヴェネツィアに死す

 

ヴェネツィアに死す」は1912年にドイツで発表された作品である。日本では明治天皇崩御して、大正時代が始まった年。ヴィスコンティ監督の映画にもなった。これも中編小説で、壮大な作品というわけではない。

 

f:id:ramuniku_31:20181126053953p:plain

 

あらすじ

 

作家のおっさんがヴェネツィアで見つけた美少年をストーカーして死ぬ。

 

内容

 

 おっさんが美しい少年をストーキングするだけの話である。面白くないどころか、気味が悪いと思う読者もいるかもしれない。しかし、この小説は美しいのである。

 

マーラー交響曲第5番

 

ヴェネツィアに死す」は「交響曲」を用いた小説である。

 

具体的には、マーラー交響曲第5番である。

 

交響曲第5番 (マーラー) - Wikipedia

 

この小説はそもそもグスタフ・マーラーの死に触発されて作られたものらしい。主人公の名前もグスタフ・アッシェンバッハ。関連がありそうではある。

 

 ããã¼ã©ã¼ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

ただ、それだけで決めつけるのは早計なので、構造を見比べて確かめていく。

 

 表ー1  マーラーヴェネツィアの構造対応表

f:id:ramuniku_31:20181125173157p:plain

 

 交響曲第5番は全5楽章、「ヴェネツィアに死す」も全5章である。

 

第1楽章

 

第1楽章は「葬送行進曲」となっている。お葬式で人々が厳かに列をなしているイメージ。だから、「ヴェネツィア」の冒頭で墓地が出てくる。主人公は墓地の近くで見つけた赤毛の男と視線が合ったことから、旅がしたくなる。

 

もう一つ、第1楽章は小ロンド形式になっている。

 

ロンド形式はA+B+A+C+Aのメロディーで作られる形式である。

 

yomitoki2.blogspot.com

 

音楽の形式については、上のページに詳しい説明がある。

 

ということは、「ヴェネツィア」の第1章も小ロンド形式で作られているはずである。

 

表ー2 第1章の小ロンド形式

f:id:ramuniku_31:20181125175301p:plain

 

A:アッシェンバッハについて B:赤毛の男について C:旅への欲求について

 

それぞれメロディーごとに分かれて、描写がなされている。何気ない冒頭であるが、きちんとした骨組み、つまり構造を持っている。

 

第2楽章

 

第2楽章は「嵐のように、激しい」となっている。これは若くして、才能を認められた作家アッシェンバッハの半生と対応している。大御所の地位を確立する一方で、妻を亡くし、娘は嫁に行き、一人老いていく芸術家の姿である。

 

第3楽章

 

第3楽章は「スケルツォ、楽しげ」である。スケルツォは音楽の世界では「力強く、速すぎず」という意味だが、ここでは「冗談、ふざけた」という意味合いである。

 

ヴェネツィアを目指して船に乗るが、そこではおしゃべりや馬鹿丁寧な態度をとる不快な人々がいた。

 

一番重要なのは若者の集団に紛れて、お化粧やおしゃれをした老人である。主人公はこの人物がおしゃべりでふざけている印象を受ける。ここがスケルツォに対応している。

 

「楽しげ」はヴェネツィアに着いてから、美少年のタッジオに出会って心を躍らせたことに対応。

 

第4楽章

 

第4楽章は「アダージェット、非常に遅く、愛」である。第4章も再びヴェネツィアに戻ってきたアッシェンバッハはそこでゆったりとした日々を送る。ここがアダージェットに対応している。

 

この第4楽章は愛の楽章とも呼ばれている。主人公もタッジオの微笑みを見て「私はお前を愛している」と言う。

 

youtu.be

 

第5番を知らない方も第4楽章(アダージェット)だけは聴いておくべきである。静謐なメロディーが響く。

 

第5楽章

 

第5楽章は「アレグロ(陽気な)楽しげに、ソナタ形式」である。ソナタ形式については前回、説明した通り、(A+B+A1+B1+A+B)である。

 

表ー3 第5章のソナタ形式

f:id:ramuniku_31:20181125230729p:plain

 

第1主題は問いかける、語りかけるといった「問いかける、語りかける」、第2主題は「眺める」である。(ストーカーは遠くから眺める行為なので同じ意味)

 

全体がソナタ形式の「トニオ・クレーゲル」に対し、部分的にソナタ形式なのが「ヴェネツィア」である。

 

アレグロ」は浜辺でタッジオと少年たちが戯れるシーンに対応している。とても楽しげで、牧歌的である。

 

ファウスト

 ããã¡ã¦ã¹ããã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

第5章の途中でアッシェンバッハは恐ろしい夢を見る。山の中で雄ヤギが現れ、人間と動物が入り乱れた乱痴気騒ぎが行われるシーンである。

 

とても気味が悪い夢なのだが、実は元ネタがある。ゲーテファウストに出てくる「ワルプルギスの夜」である。同じく、山の中で開かれ、雄ヤギが出てくるのである。

 

そして、ワルプルギスの最中に恋人グレートヘンの死が予感される。

 

ヴェネツィア」でも恐ろしい夢の後、主人公が死ぬのである。

 

ヴェネツィア=魔女

 

表ー4 ヴェネツィアファウストの対応表

f:id:ramuniku_31:20181126000313p:plain

 

ところで、「ヴェネツィア」では女性がほとんど出てこない。(一応、タッジオの母親がいるがあまり関係ない)

 

ファウスト」にはグレートヘンという魅力的な女性が主人公の恋人として登場する。しかし、この女性はファウストとの間にできた子供を水に漬けて殺す。悪い女性である。

 

matome.naver.jp

 

同じくゲーテの「若きウェルテルの悩み」でもヒロインのロッテは魅力的だが悪い女性である。そして水に関連している。

 

 ãé­å¥³ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

ゲーテはドイツ人でドイツはもっとも魔女裁判が多かった国である。つまり魔女崇拝が強い。実はグレートヘンもロッテも水の魔女である。魔女だから魅力的で悪い女性なのである。

 

話を「ヴェネツィアに死す」に戻す。

 

主人公は一度は流行病を理由にヴェネツィアを離れようとするが、魅力的な街が名残惜しく(事故とはいえ)ヴェネツィアに戻る。そして戻れたことに安堵する。

 

結果的にこの判断が仇となり、コレラにかかってしまう。そして浜辺で死ぬ。浜辺ということは水に関連している。さらにヴェネツィアは「水の都」として有名である。

 ãã´ã§ããã£ã¢ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

つまりヴェネツィアは女性であり、水の魔女である。

 

ヴェネツィアという街全体が一人の女性なのである。

 

女性が出てこない訳ではなく、舞台そのものが女性となっている。この小説は同性愛を描いているが、ある意味、男女の悲恋物語とも解釈できる。ファウストとグレートヘン、ウェルテルとロッテのように。アッシェンバッハとヴェネツィア

 

章立て表

 

表ー5 ヴェネツィアに死す章立て表

f:id:ramuniku_31:20181125232521p:plain

 

「トニオ・クレーゲル」ではソナタ形式を支える構造として対句が用いられていたが、「ヴェネツィア」では対句があまり見つからなかった。手を抜いたとも捉えられるが、交響曲という構造自体が堅固かつ複雑なので対句が必要でなかったと考えるのが自然である。

 

冒頭、赤毛の男と視線が合って始まった旅が、愛するタッジオと視線が合って終わり、死ぬ。美しい構造である。

 

登場人物構成

 

表ー6 登場人物構成表

f:id:ramuniku_31:20181126010021p:plain

 

ヴェネツィア」では、 登場人物の共通点がやたら多い。対句がない分、こちらでカバーしたともとれる。

 

冒頭の赤毛の男はタッジオと対応している。船で出会う若者のふりをしたおしゃれな老人はアッシェンバッハの未来を暗示している。彼はその後理容室で老人と同じおしゃれをするのだから。

 

これ以外にも共通点があるかもしれない。ぜひ読んで確認してもらいたい。

 

youtu.be

 

映画版のラストシーンである。日の光と海と音楽が溶け込んだ美しい場面である。

 

ヴィスコンティは「ヴェネツィアに死す」と「マーラー交響曲第5番」の構造に気づいていた。

 

だから劇中でアダージェットを流した。結果が大成功だったのは言うまでもない。

 

 

 「構造を読む」世界を知る者

 

ここまで、「ヴェネツィアに死す」の構造を読んできた。

 

表面的には静かな、愛の物語であり、壮大ではない。

 

しかし、「構造を読む」という世界を知れば、その裏に隠された世界が広がっているのが分かる。

 

また、それを理解し、映画化に成功した人物もいる。

 

それがヴィスコンティである。

 

f:id:ramuniku_31:20181126053838p:plain

 

ヴィスコンティが劇中にマーラー交響曲第5番を使ったということは、構造を読むという世界を知る人物が現実に存在していた、一つの証拠である。

 

ヴィスコンティは世界でも屈指の巨匠と言われた映画監督である。そして彼は構造を読むことができる。

 

これは「構造を読む」ということが、単なる一つの読み方ではなく、優れた読み方であることを示している。

 

読者諸兄には、この事実を強く念頭に置いてもらいたい。

 

 ここまで、優れた構造を持つ中編小説について説明してきた。

 

次回は優れた構造を持つ長編小説について説明する。

 

<参考>
dangodango.hatenadiary.jp

 

この稿では「ヴェネツィアに死す」の主題について触れていない。もっと知りたい方はこちらをどうぞ。

 

 

 <出典>

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%88

 

https://genalyn.com/mytrip/3250

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC

https://www.narinari.com/Nd/20130521651.html

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3

構造を読むとは その1~トニオ・クレーゲル~

「構造を読む」という世界が存在する。

 

これは文学に限らず、映画やアニメといったジャンルにおいても優れた作品には、「構造」が存在する。

 

しかし、一般的に「構造を読む」という考え方が広まっていないせいで、その価値を理解されていない作品が多々ある。

 

特に、古典と呼ばれる名作でも年月を経るにしたがってその価値を忘れ去られている。

 

これは非常に由々しき事態であり、何としてでも解決しなけれならない。

 

では、「構造」とは何か?

 

「構造を読む」とはどういうことなのか?

 

その意味を説明するために、まずは「トニオ・クレーゲル」という小説の説明から始めていく。

 

 ããããªã»ã¯ã¬ã¼ã²ã«ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

「トニオ・クレーゲル」は1903年に発表された作品である。日本でいえば日露戦争の前年に当たる。中編小説で、内容も壮大というわけではないが、構造的に優れている。

 

あらすじ

 ãéæ¥ çé¸ã£ã±ããã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

詩を愛する少年トニオ・クレーゲルが友人と下校したり、好きな女の子の踊りを見たり、旅をしたりする中で、芸術の世界で生きるか、平凡な一般市民として生きるかで揺れ動く青春ストーリー。

 

 

別に面白くはない

 

内容は別に面白いわけでも、面白くないわけでもない。というか文章が回りくどい。最後に主人公が出した結論も「おれは芸術も市民も、どっちも愛しているんだ!」という曖昧なものなので、正直内容だけでは名作と呼ばれる理由が見当たらない。この小説の凄さはそこにはない。

 

ソナタ形式とは

 ããã¼ãã¼ãã³ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

 「トニオ・クレーゲル」とは世界で初めて音楽の形式を用いた小説である。ドイツでは音楽(クラシック)が盛んであったから、そのやり方を小説でもやってみよう、ということで書かれた。

 

そこが評価されて今日まで読み継がれている。「トニオ・クレーゲル」の価値はストーリーではなく、ここにある。

 

使われたのはソナタ形式である。

 

yomitoki2.blogspot.com

 

音楽の形式について最も分かりやすい説明が上のページにある。

 

簡単に言うと、AとBというメロディーを思いついたとして、

 

(A+B+A1+B1+A+B)

 

という感じで並べて、曲を組み立てるやり方である。(A1とB1はAとBを微妙に変えたメロディー)

 

最初のA+Bを提示部、A1+B1を展開部、最後のA+Bを再現部と呼ぶ。

 

ソナタ形式を用いた構造

 

話を「トニオ・クレーゲル」に戻す。ソナタ形式を用いた構造を以下の表に示す。

 

       表ー1 構造解析表

f:id:ramuniku_31:20181109024533p:plain

 

まず、Aは主人公が「歩く」ことが主題になっている。

 

提示部で男の子と一緒に「歩いて」下校し、展開部では微妙に変化を加えて、主人公が人生を歩む過程を描写し、再現部で旅をするという流れである。

 

ちなみに故郷やトニオのルーツであるデンマークを旅するのは、提示部を再現しているからである。

 

次に、Bは「踊り」が主題になっている。

 

提示部で好きな女の子の踊りを見て、展開部では女の友人に「踏み迷える俗人」言い放たれ、再現部でかつて好きだった女の子の踊りを見る。

 

B1は主人公が熱弁しているだけで、踊りとは関係ないのだが「踏み迷える俗人」というのが「踊り」と掛かかっている。

 

ちなみに「踏み迷える俗人」の原文はverirrter Bürger

 

直訳すると、道に迷った俗人である。

 

 ãå®åæ·éãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

今回、取り上げたのは実吉捷郎訳なのだが、「踏み迷える」と訳した訳者のセンスは素晴らしい。この訳者がソナタ形式に気づいていたかは分からないが、翻訳が卓越していることは表ー1を見ても明らかである。

 

 句構造について

 

構造とは、いわば骨組みのことである。家を建てる際、骨組みが不安定なら家はたちまち倒れてしまう。これを防ぐには骨組みをより強化、堅固なものにする必要がある。

 

「トニオ・クレーゲル」もより堅固な構造とするための工夫が用いられている。それを明らかにするために章立て表を示す。

 

       表ー2 章立て表

f:id:ramuniku_31:20181109040758p:plain

 

表ー2からA-A1-AとB-B1-Bにそれぞれ似たような出来事が起こっているのが分かる。このような工夫を「対句」と呼ぶ。対句については下の記事に説明がある。

 

dangodango.hatenadiary.jp

 

それぞれの対句について説明していく。

 

青色と薄茶色の部分は、先ほど説明した通りである。

 

・恥をかく

Bで 踊りを間違えたトニオはみんなに笑われて恥をかく。B1でトニオは女の友人リザベタに大勢の前で詩を読んで恥をかいた少尉の話をする。Bで踊りで倒れて、恥をかいた蒼白い少女をトニオが助ける。

 

つまり、この蒼白い少女はかつてのトニオ自身である。トニオが助けたのは目の前の少女であり、過去の自分である。

 

・笑われる

Bで踊りを間違えたトニオは好きだった女の子にも笑われてしまう。B1でトニオは熱弁するもリザベタににやにや笑われてしまう。Bでかつて好きだった女の子を見つけたトニオは心の中で「あざ笑ったのか」と問いかける。

 

・名前

この説明をする前に、登場人物について整理する。

       

 表ー3 外見の特徴による登場人物の分類

f:id:ramuniku_31:20181109151649p:plain

 

注目すべきは、「曲がった脚」という共通点を持つ、インメルタールとゼエハーゼである。(ちなみにトニオと蒼白い少女も黒い目をしている)

 

インメルタールが出てくるのは

Aでトニオは友人ハンスに「君の名前は変だ」と言われて傷つく。同級生のインメルタールは気の毒そうにしている場面。

 

ゼエハーゼが出てくるのは

Aで故郷のホテルでトニオは警官に名前を聴取され、詐欺師と疑われる。ホテルの支配人ゼエハーゼは気の毒そうにしている場面。

 

つまり、ハンス=警官でインメルタール=ゼエハーゼである

 

この二つの場面は対句である。

 

どちらもトニオの名前を悪く言われ、脚の曲がった男がそれを気の毒そうにしている。

 

そしてA1ではトニオが詩人として名前が知れ渡る描写がある。これも対句に含まれる。

 

最初に名前をバカにされた思い出、次に詩人として名前が売れたこと、最後に警察に詐欺師疑われ、名前を聴取されるという展開である。

 

以上の対句構造が「トニオ・クレーゲル」の構造を支えている。

 

まとめ

 

ここまで、「トニオ・クレーゲル」の構造を読んできた。

 

このように、表面的に読むだけでは分からない裏の世界、「構造を読む」という世界が存在する。

 

今回取り上げた「トニオ・クレーゲル」の場合、それはソナタ形式であり、それを補強する対句構造であった。

 

そして、このような構造を持つ作品は他にも存在する。

 

次回は別の例について説明する。

 
dangodango.hatenadiary.jp

 

 

 

<参考>

 原文はこちらのページで見られる。ドイツ語に自信のある方はこちらからどうぞ。

http://www.gutenberg.org/files/23313/23313-h/23313-h.htm

 

<出典>

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A8%E3%82%B2%E3%83%AB-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%88%E3%82%AA%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/4003243404

https://en-konkatsu.com/koitori/mune-kyun/2423/

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9F%E5%90%89%E6%8D%B7%E9%83%8E

「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」の今後の展開を予想しようの巻

f:id:ramuniku_31:20181030213027p:plain

 

「さて、青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない、がどうなるか予想しようのコーナー」

 

「なんか突然やな」

 

「ただアニメを見るのも飽きるしな」

 

「そういうもんなのか」

 

「そういうもんや」

 

「それでも説明はしてもらわんと」

 

「その前にこのアニメ、タイトル長いから『青ブタ』と略してもええか?」

 

「別にそれは構わん」

 

「趣旨としては現在放送中の青ブタの今後のストーリー展開を予想して当てよう、ということや」

 

「今は4話の放送が終わったとこやな」

 

「原作のライトノベルは全く読んでないので予備知識ゼロで予想していく」

 

「読んでたら予想にならんやろ」

 

「確かに」

 

「あとやるのはええとして、ただ当てずっぽうというのも味が無いで」

 

「一応、目星は付いてる」

 

「ほう聞かせてもらうか」

 

「なんで偉そうやねん」

 

「ええやろ」

 

「まあええか」

 

「ということで予想していく訳だが、まず手がかりというかキャラクターやら何やらを整理する必要がある」

 

「せやな」

 

 「ということで、ポン」

 

f:id:ramuniku_31:20181030191112p:plain


「なんやこれは」

 

「青ブタのキャラクター構成表や」

 

「そうじゃなくて、どうして隣に涼宮ハルヒがくっついている」

 

「それがさっき言った目星や」

 

「というと」

 

「この作品はキャラやストーリー展開が涼宮ハルヒの憂鬱を下敷きにしてると思うねん」

 

「たしかに似てる点は多い。主人公は無気力で独白が多い、ヒロインがバニーガールのコスプレをする、ヒロインが消失する(しかける)、部室にはメガネの少女がいて、よく主人公は彼女を頼りにしている、男前の同級生がいる、などなど」

 

「下敷きにしているという証拠は多い」

 

「だけど表を見たところ、似てない点も多いな」

 

「その辺はまだ4話だから仕方がない」

 

「仕方がないでええんか」

 

朝比奈みくる朝倉涼子に相当する人物がいないというのは痛いが、今後出てくることに期待している」

 

「では予想とやらを始めてくれるか」

 

「ということで、ポン」

 

f:id:ramuniku_31:20180901214839p:plain



「なんやこれは」

 

涼宮ハルヒの憂鬱の章立て表や」

 

「ぐちゃぐちゃすぎて分からん」

 

「そこは勘弁してくれ」

 

「表を見ると、1~3話の桜島麻衣が消える云々は憂鬱ラストの閉鎖空間に対応、4話以降はエンドレスエイトに対応している」

 

「今後の展開としては、退屈、笹の葉ラプソディミステリックサイン孤島症候群、溜息、朝比奈みくるの冒険、ライブアライブ射手座の日、サムデイインザレイン、消失の中からどれかが出てくるというわけか」

 

「1クール13話しかないから全部をやるのは考えづらい。面白そうなのをピックアップしてやるとみている」

 

「それなら予想の基本形はこうやな」

 

f:id:ramuniku_31:20181030212222p:plain

 

「とりあえず今やってる古賀朋絵の話は何話進行するのかも含めて、空欄を埋めていく」

 

「じゃあこんなんはどうや」

 

f:id:ramuniku_31:20181030201929p:plain

 

「溜息と消失か」

 

「溜息に相当する話で新ヒロインが出て、長門役の双葉理央が消失をやる」

 

「妹がおらんけどええんか」

 

「妹はハルヒでもモブみたいなもんだったし大丈夫やろ」

 

「だけどトラウマで不登校というなかなかディープな設定だったで」

 

「そういうお前はどうなんや」

 

「こっちの予想はこう」

 

f:id:ramuniku_31:20181101122024p:plain

 

「溜息+ライブアライブは文化祭絡みのストーリーの中で、バンドの演奏シーンが出てくるということか」

 

「せやで」

 

「だけど妹のかえでが笹の葉ラプソディなのが納得いかん。ハルヒでは1話分しかない回やぞ」

 

「トラウマを解決しに主人公と過去へ戻るみたいな話を予想している」

 

「なんか一気にSFになったな」

 

「思春期症候群とかいう設定自体そもそもSFやろ」

 

「まあそうなんやけど」

 

「なんにせよ、新キャラが出てくること、理央が最終エピソードになることは決まりやな」

 

「そうしないと涼宮ハルヒとの関連性が薄くなってしまうからな」

 

「いろいろ組み合わせがあって面白い」

 

「こんなのはどうや」

 

f:id:ramuniku_31:20181030204538p:plain

 

「これは」

 

「やっぱり孤島に行ってお色気出すのも大切だと思わんか」

 

「ほぼないやろ」

 

「ないとも限らん」

 

「百歩譲って孤島で水着やるのはいいとしても、ヒロイン全員というのはいただけない」

 

「だれか一人でも欠けたらかわいそうやろ」

 

「わけわからん」

 

「ふざけるのはこれくらいにして、そろそろ最終決定を決めないと」

 

「可能性が高いのでいくとやっぱこれやろ」

 

f:id:ramuniku_31:20181101122024p:plain


「水着はなくてええんか」

 

「ええわ」

 

「という感じで予想してみましたが、皆様もぜひ考えてみてくださればと思います」

 

「こういう思考訓練は創作における筋トレのようなもので、クリエイター志望の方にもおすすめです」

 

「では、結果を楽しみにしながら今回はこの辺で」

 

「さようなら」

 

 

 

「なあ」

 

「なんや」

 

「さっきの涼宮ハルヒを下敷きにしてる云々の話やけど」

 

f:id:ramuniku_31:20181030191112p:plain

 

「これのことか」

 

「そう」

 

「これがどうした」

 

「偶然やろ、と言われたらそれまでやと思わないか」

 

「それを言ったらおしまいやろ」

 

「なんでや」

 

「ある程度の完成度を持つ作品は過去の名作を下敷きしているもので、それを偶然と言ってしまうのは乱暴にもほどがある。もしそう考えるなら、過去に偶然一致した作品を提示してそういう例があることを証明しなければいけない」

 

「そうは言うけど、涼宮ハルヒの憂鬱なんてほとんどのアニメが下敷きにしている教科書みたいなもんやろ」

 

「確かに。『氷菓』『やはり俺の青春ラブコメは~』など影響を受けた作品は多いな」

 

「だから似てるからって別に騒ぐことではないと思うねん」

 

「青ブタは露骨すぎるくらい似ているし、原作者もかなり意識していると思うんや」

 

「作者に関しては単なる妄想やろ」

 

「予想なんて、結局のところ妄想みたいなもんやで」

 

「無茶苦茶やないか」

 

「何にせよ、続きを見ないと分からん」

 

「それもそうやな」

 

「ということで、今度こそ本当に」

 

「さようなら」

 

 

答え合わせ編はこちら

 

dangodango.hatenadiary.jp

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「注文の多い料理店」解説

宮沢賢治の代表作の一つ。国語の教科書に載るくらい有名である。子供向けに書かれた割には良くできている。しかし、何がそんなにすごいのか理解されていない。

 ã注æã®å¤ãæçåºãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

あらすじ

 

宮沢賢治 注文の多い料理店

 

あらすじは、わざわざ書かない。短編なので、忘れてしまった方は上記のページから読んでほしい。

 

注文の多い料理店」の不可解な点

 

冒頭、「白熊のような犬二匹つれて、だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことを言いながら、あるいておりました。」とある。

 

猟犬 - Wikipedia

 ãæ´ç¬ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

普通、日本で猟犬といえば柴犬である。そもそもシロクマのような大型犬が狩猟に向いているとは思えない。謎である。

 

 さらに、この直後、二匹の犬は「あんまり山が物凄いので」という理由で泡を吹いて死んでしまう。山がすごいから犬が死ぬとはどういうことなのか?風に吹き飛ばされたのか、寒さのあまり死んだのか、それさえも書かれていない。意味不明である。

 

これ以外にも常識ではありえない展開が起こる。つまり、リアリティのある童話ではなく、昔話のような抽象的な物語とみて考えるべきである。頭柔らかくして、子供に戻った気持ちで読み進める。

 

読み解くヒント

 

抽象的な作品というのはたいてい読者が読み解けるように、作者からヒントが与えられている。賢治もヒントをちゃんと残してくれている。

 

ヒントその1

山猫軒に入ると、たくさんの扉がある。扉には料理店からの注文が書かれている。開けてみると裏側にも注文が書いてある。

 

ヒントその2

最後の扉には「さあさあおなかへおはいりください~」とある。

 

 ヒントその3

二人が山猫軒に行く前にこんな描写がある。「風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。」

 

同じ描写がもう一度出てくる。復活した二匹の犬に助けられた後に、「風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。」

 

ヒントその4

「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」「ぼくは二千八百円の損害だ」「山鳥を十円買って」等の不自然に強調された値段

 

ヒントその1とその2は「この物語も扉のように表と裏がある」ということである。(その2の「おなかへおはいりください」は、部屋の中とお腹が掛かっている)

 

扉の文字について、まとめたのが下の表-1である。

 

                表ー1 扉の文字

f:id:ramuniku_31:20181018033503p:plain

 

ヒントその3は場面の切り替わりを教えてくれている。「風がどうと吹いてきて~」で場面が切り替わるので、そこで話を3分割する。

 

               表ー2 章立て表

f:id:ramuniku_31:20181018024656p:plain

 

 Aパート:山奥、Bパート:山猫軒、Cパート:東京である。A-1とB-1、A-2とB-3、A-3とB-2がそれぞれ対になっている。Cは短いが、結末部である。

 

さらに、AとBの対句はこれだけにとどまらない。作中に対句となる表現が頻出する。ここで「風がどうと吹いてきて~」を基準に、下の表ー3を作成する。

 

               表ー3  対句対応表

f:id:ramuniku_31:20181018030947p:plain

 

これ以外にも対応する対句はあるかもしれないが、賢治の文章の密度の濃さが分かる。

一つ一つの事象が他の事象と密接にかかわっているので、密度が濃くなって読んだ人の頭の中に残りやすくなる。この文章の密度こそ賢治の特徴であり、「注文の多い料理店」の不気味さの正体である。

 

恐るべき構造

 

表ー1で見たように扉の枚数は7枚である。表ー2からA+B+C=3+3+1=7の構造になっているのが分かる。7で一致していることに注目して、二つの表を合体させる。

 

               表ー4 章立て表2

f:id:ramuniku_31:20181018035831p:plain

 

表ー4を見れば、「風がどうと吹いてきて~」を基準に3分割したことが正しいと証明される。ここまで密度の濃い文章はすごい、というより怖い感じがする。

 

そしてCパートに対応するのが「大きな二つの鍵穴」である。つまりCパートが物語の鍵、核心部分であることが分かる。

 

紙幣

 

最後にヒントその4である。ここが主題に関わる重要なヒントになっている。

 

結局、「注文の多い料理店」は二人の紳士が二匹の犬に助けられるも、顔が「くしゃくしゃの紙くず」になったまま戻らなくなって幕を閉じる。ずいぶん不気味な終わり方である。

 

くしゃくしゃの紙くずの顔、とはどういう意味なのか?

 

二人の男は、金持ちで、山奥で獣がいないことに文句を言い、犬が死んでも金の話しかせず、助けてもらった後も十円(現在でいうと5000円くらい)もする山鳥を買って東京へ帰る。

 

彼らは金持ちであるがゆえに、金に卑しい人間である。それと同時に獣を無下に扱う。鹿の横っ腹を撃ちたいとか、犬が死んでも「二千四百円の損害だ」と金のことだけを考え、都合のいいときだけ、犬に助けてもらう。自然に対する敬意を持たない人々である。

 

賢治はそういう人々に抗議するために、子供たちがそういう大人にならないために「注文の多い料理店」を書いた。男たちの顔をぐしゃぐしゃにした。

 

つまり、この結末にある「ぐしゃぐしゃの紙くず」とは、顔がぐしゃぐしゃになっているのだから、顔の描かれた紙幣のことである。

 

自然を軽んじ、経済ばかりに囚われた社会そのものを批判している。

 

ãä¸åæ­ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

 

ヒントその4は紙幣を暗示させるために、わざと値段を強調して書いたのである。

 

 

ところで、「白熊のような二匹の犬」とはなんだったのだろうか?

 

ゲーテファウスト第一部 書斎(一)にこんな一節がある。悪魔メフィストフェーレウスが黒い犬に化けてファウストの書斎に現れた後、

 

この中に一人つかまっている。

みんな外におれ、ついてはいるな。

まるで罠にかかった狐のように、

地獄の古山猫がびくびくしている。

 

とある。賢治の時代には、森鴎外訳のファウストが出ていたはずなので彼が読んでいてもおかしくはない。山猫が犬を恐れてびくびくしている様子が分かる。山猫軒という店名はここからとったものと考えられる。ファウストも経済を扱った内容が出てくる。(ただし、賢治と異なり、ゲーテは紙幣発行を好意的にとらえている)

 

 ããã¡ã¦ã¹ããç¬ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

恐らく、賢治はファウストの一部を取り込もうとした。そこで使われたのが犬である。

 

西洋文化では犬は悪魔の化身であり、嫉妬の象徴でもあった。

 

しかし、日本では犬に対するイメージが昔からかなり良かった。南総里見八犬伝忠犬ハチ公、最近でいうと「おおかみこどもの雨と雪」である。日本では犬は忌むべきものではなく、忠義の象徴として文化に吸収されてきた。

 

f:id:ramuniku_31:20181018054510p:plain

賢治はこれを理解し、悪魔メフィストの黒い犬の対比として白熊のような犬を作った。二匹なのは神社の狛犬のように、対になって存在するものという考えがあったのだろう。これは作品が対句構造をもっていることの暗示にもなっている。

 ãçç¬ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

そして賢治の犬を受け継ぐのが宮崎駿もののけ姫である。人間を憎みながら、人間の子を育てるモロの君なんかは完全に「白熊のような犬」である。

ããã®ã®ã姫ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

 

余談

 

夏目漱石の弟子だった鈴木三重吉という作家は賢治の作品を読んで「ロシアにでも持っていけばいい」と言い放ったそうである。これはあながち間違いではない。ここまで緊密した構造はロシア文学に似ているからである。カラマーゾフの兄弟の主役は三兄弟である。だから3という数字で物語を組み立てている。こだわり方が異常である。

 

ただし、賢治に価値を見出せなかった鈴木には残念と言わざるを得ない。彼が冷たくあしらった男こそ師匠の漱石が探し求めていた答えを見つける人物だったのだから。

 関連

 

dangodango.hatenadiary.jp

 

涼宮ハルヒの憂鬱は6+1構造だった。注文の多い料理店は3+3+1構造である。どちらも7になるのは偶然なのだろうか。

 

 

matome.naver.jp

 

この方の解説は一読の価値があります。漱石、鴎外が苦しんだ西洋文化の正体を賢治は突き止めています。完成はしませんでしたが。

 

 

 

出典

http://chigasakiws.web.fc2.com/taisyou01.html

https://www.amazon.co.jp/%E6%B3%A8%E6%96%87%E3%81%AE%E5%A4%9A%E3%81%84%E6%96%99%E7%90%86%E5%BA%97-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%AE%AE%E6%B2%A2-%E8%B3%A2%E6%B2%BB/dp/4101092060

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E3%81%91%E5%A7%AB-DVD-%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E9%A7%BF/dp/B00K731JQ4

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E7%8A%AC%E3%81%BE%E3%82%8B

https://www.amazon.co.jp/%E9%87%8C%E8%A6%8B%E5%85%AB%E7%8A%AC%E4%BC%9D-DVD-BOX-%E6%BB%9D%E6%B2%A2%E7%A7%80%E6%98%8E/dp/B000E0VMJO

http://gifu-art.info/details.php?id=900

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E7%9B%AE%E6%BC%B1%E7%9F%B3

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%86%86%E7%B4%99%E5%B9%A3