アニメの感想など。

ネタバレあり。(○分▽秒〜)は録画のタイムです。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン7話

 

7話のテーマは「亡き娘への罪と救済」

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簡単なあらすじを説明する

 

舞台→戯曲家の別荘へ赴く→身の回りのお世話→食事→代筆→傘と娘の話→代筆→湖を跳ぶ→傘を貰って船に乗る→船中で苦悶する→ギルベルトの死を知る

 

7話のクライマックスは湖を跳ぶシーン(18分07秒〜)。

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ヴァイオレットの跳ぶ姿を見てオスカーはこう語りかける。

 

オスカー「奇跡を起こしてくれた彼女におれは言った。『神さまなんていないだろうけど、いるなら君のことだ』」

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奇跡とは何か?なぜヴァイオレットが神さまなのか?

 

謎を解くには発言者のオスカーウェブスターについて知らなくてはならない。

 

オスカーは人気の戯曲家である。しかし、娘オリビアを亡くしている。不幸である。不幸どころか罪を背負ってしまっている。

 

冒頭(1分13秒〜)「ああ、私はこの罪を背負っていくしかない。このさき一生」

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確かに罪を背負ってそうな顔をしている。

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そんな時にヴァイオレットがやってくる。彼女は娘と同じ髪の色をした少女であった。しかし似ていたのは外見だけで、義手をしている上にカルボナーラもろくに作れない。娘との甘い思い出とは程遠い。

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ヴァイオレットの登場が返って娘の不在を際立たせてしまう。

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次に戯曲の原稿を代筆するシーン(8分33秒〜)に注目する。戯曲の感想を聞かれヴァイオレットはこう答える。

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ヴァイオレット「本当の話ではないのに自分が体験してるようです」

 

戯曲の内容は主人公オリーブは船が無いので父が待つ家に帰れなくなる。そこで傘と風の使いの力で海を渡って帰るというものである。

 

もちろん主人公のモデルはオリビア。そしてこのセリフから

 

リビア=オリーブ=ヴァイオレット

 

という関係が成り立つ。(ここで納得できない人はヴァイオレット・エヴァーガーデンをつまらないと思う人である。伏線とかにこだわる人は抽象的なイメージを繋げることを嫌う)

 

つまり死んだ娘に代わってヴァイオレットが主人公となり物語を完成させるということを暗示している。

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(18分07〜)

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そして湖のシーン。オーケストラの音楽と共にヴァイオレットが駆け出す。高くジャンプして落ち葉の上を歩き出す。娘の「いつか、きっと」の言葉通りに。

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奇跡が起きてオリビアは父の元に帰ってきたのである。オスカーは救われた。だから涙を流している。

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以上をまとめると

・オスカーは罪を背負っている

・ヴァイオレットが娘オリビアに成りかわる

・オリビアの言葉通りにヴァイオレットは湖の落ち葉の上を歩く奇跡をやってみせる

・オスカーは救済された

 

つまりヴァイオレットはイエス・キリストである。

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エスは水の上を歩く奇跡を起こせる。そして娘の言葉は預言である。

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ちなみにオリーブは聖書に頻繁に登場する植物で花言葉は「平和」である。

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エスは人間の罪を肩代わりできる。イエスを信じる者は救われる。ただし、一瞬で湖に落ちてずぶ濡れになってしまうが。

 

もう一度オスカーの言葉を思い出してもらいたい。

 

オスカー「奇跡を起こしてくれた彼女におれは言った。『神さまなんていないだろうけど、いるなら君のことだ』」

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オスカーにとってヴァイオレットは神さまだったのである。

 

<思ったこと>

6話より出来はいい。

(18分07秒〜)はBGMと絵が素晴らしいので感動できる。このシーンだけでもアニメが絵だけでは成り立たないことが分かる。もっと音楽を大切にすべきだ。

 

ヴァイオレットがイエスの比喩だというのは奇想天外でアホな発想と思われるかもしれない。というより自分自身でもそう思っている。でも面白いのでこのままいく。

 

今回のオモテ-ウラ図は以下の通りである。

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相変わらず愚直なヴァイオレットはオモテ族で、父の心を汲み取れるオリビアはウラ族である。湖を跳ぶ行為がウラ族へのジャンプとなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァイオレット・エヴァーガーデン6話〜オモテ族とオモテ族〜

6話のテーマは「寂しさとの決別」

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簡単なあらすじを説明する

 

仕事で天文台へ→リオンと古文書の解読と代筆→図書館での会話→アリー彗星観測→リオンとの別れ

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6話は1〜5話と大きく異なっている。

 

異なっている点は二つ。

・ヴァイオレットとリオンがどちらもオモテ族

・手紙が出てこない

 

オモテ族は率直な言い方を好み、嘘が下手である人間、ウラ族は遠回しの言い方を好み、嘘や隠し事をする人間のことである。

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詳しくは下の稿を読んでほしい。

 

 

まず前者について

今までの話はヴァイオレットとエリカ、ダミアンとシャルロッテのようにオモテ族とウラ族がペアになって展開されていた。

 

しかし、6話に登場するリオンはヴァイオレットと同じく、率直な言い方で嘘が下手であるという点からオモテ族に分類される。

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気になったシーン

 

(14分09秒〜)

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ヴァイオレット「少し似ていますね」

似た者同士なのだからオモテ族とオモテ族である。

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オモテ族とオモテ族のペアは性格が似ているので会話が弾み、自然と仲を深めることができる。

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つまり手紙を書かずともお互いを理解し合えるのである。仲良くなるのに手紙を必要としない。これが後者である。

 

またこのことからヴァイオレット=リオンの関係が成り立つ。今回は対(⇔)ではなくイコール(=)である。

 

しかし、ヴァイオレットとリオンが仕事で出会って仲を深めるというのでは、ありきたりでつまらない。

 

圧倒的な作画とオーケストラの音色を使って描かれるのが平凡なラブコメでは話にならない。

 

よってもっと深みのあるストーリーにしなければならない。

 

そのためにはウラ族が必要である。オモテ族とウラ族が手紙を介して気持ちを伝え合うのがヴァイオレット・エヴァーガーデンの一つのテーマでもある。

 

ではウラ族は誰だろうか。それは「アリー彗星」である。彗星は人間ではないが、ここではイメージとして例えられている。アニメは芸術作品なので人間にこだわる必要はない。

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(17分08秒〜)

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二人の会話から

ヴァイオレット→彗星=ギルベルト

リオン→彗星=リオン母親

であることが分かる。

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彗星は我々から遥か遠い宇宙を流れ、出会えるのも200年に1回である。これがヴァイオレットにとってのギルベルト、リオンにとっての母親の比喩になっている。

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先ほど6話に手紙は出てこないと述べたが、実は手紙は出てくる。正確に言うと「手紙の役割を持ったもの」が出てくる。

 

それはリオンが解読した古文書の一節にある。

 

(9分16秒〜)

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「その別離は悲劇にあらず。永遠の時流れる妖精の国にて、新たな器を授かりて、その魂は未来永劫守られるが故に」

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絵には母親と子供が描かれている。リオンとその母親である。

 

(21分21秒〜)

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彗星を見たときヴァイオレットはギルベルトを想い、リオンは母親を想っている。そして彗星から「手紙」が届く。(ヴァイオレットの口から)

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「その別離は悲劇にあらず。永遠の時流れる妖精の国にて、新たな器を授かりて、その魂は未来永劫守られるが故に」

 

分かりやすく言い換えると

 

「その別れは悲しいことではない。その想いは心の中で永遠に守られ続ける。だから閉じ篭ってないで新たな一歩を踏み出してほしい」

 

リオンは母親のことを待ち続けていた。しかし、天文台で待っていても母親に会うことは永遠にない。そんなことよりも自分の夢を追いかけてほしい、というメッセージを受け取ったのだ。

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ヴァイオレットはギルベルトの不在を寂しく感じるが、命令を待つのではなく、ドールとして一歩ずつ歩み出している。

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以上からアリー彗星からの手紙によって二人に心情の変化が起こった。

 

・リオンは母親を待つのをやめた

・ヴァイオレットはこれからもドールとして生きていこうとした

 

ウラ族からの手紙でオモテ族に変化が起こる。これは1〜5話の構造と同じである。

 

(6分57秒〜)

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リオンはヴァイオレットに一目惚れする。最も自身は自覚しておらず、無意識に恋をした。

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(20分13秒〜)

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彗星を見る直前の会話で「ギルベルトに何かあったら駆けつけるのか」という問いにヴァイオレットは「あなたにどう謝罪しようか考えている」と答えられ、失恋する。

 

そして彗星が流れる。ヴァイオレットとの心のの距離も彗星と同じくらい離れていたのである。彗星(手紙)を介してヴァイオレットに振られたのである。

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つまり、彗星を見て起きた心情の変化は

 

・リオンは母親をまつのを待つのをやめた

・ヴァイオレットはこれからもドールとして生きていこうとした

・リオンはヴァイオレットを諦めた

 

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の3つになる。たった一つのシーンで3つの感情を表現しているので、彗星が流れるシーンはより一層神秘的になる。

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(23分58秒〜)

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ヴァイオレットとリオンの別れのシーン。

リオンとヴァイオレットが会うことはない。リオンもそのような趣旨のセリフを言っている。

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それでも自分と似たオモテ族の人間と出会ったことでいくらか彼に自信がついた。 

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<思ったこと>

 

1〜5話に比べて少し物足りないといった感想を持った。

 

6話は今までの話と違って、ストーリーの構造が異なっている。当然、作り方も違う訳だから労力が余分にかかる。そのせいで完成度が若干落ちてしまったのだと考えられる。

 

具体的には(7分27秒〜)の古文書を解読するシーンは長く引っ張りすぎで、(21分21秒〜)は短すぎた。アリー彗星のシーンは6話のクライマックスなのだからもう少し引っ張っても良かった。

 

(23分58秒〜)でリオンとヴァイオレットが会うことはないと述べたが、仮にギルベルトが死亡していたのならば会える可能性は上がる。似た者同士なのだから案外うまくいくのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名前と戦争その1〜ヴァイオレット・エヴァーガーデン〜

ヴァイオレット・エヴァーガーデンでは名前が花に由来する登場人物が多い。 

 

それを以下にまとめる。

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5話までの主要人物の名前と花についての表である。

 

ヴァイオレットとアイリスは作中で述べられているが、その他のキャラクター(主に女性)も花にちなんでいる。

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そして、花言葉に関してもキャラクターの性格と一致するように設定してある。

 

アヤメは「良い便り」、エリカは「寂しさ」、カトレアは「優美」といった具合である。

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ただし、男性キャラクターについては花にちなんでいる訳ではなく、唯一ギルベルトのみがブーゲンビリアの花から取っている。ベネディクト・ブルーについては推測の域を出ないのでブルースターの花が由来になっているかは不明である。

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ホッジンズについては花に関するものが名姓ともに無く、名前であるクラウディアに至っては女性名である。

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男性なら通常、クラウディオなのだが公式HPを見てもクラウディアになっている。何か重要な設定があるのかどうか原作を読んでいないので知っている方がいたら教えて頂きたい。

 

次に国籍について

 

国籍はみんなバラバラで、統一性がない。そもそもCH郵便社があるライデンシャフトリヒからしておかしい。

 

「ライデン」はオランダ南西部に実在する港町で、舞台のモデルにもなっているが、「シャフトリヒ」の部分はドイツ語である。なおライデンは第二次世界大戦で爆撃を受けている。

第1話でホッジンズが「線路が爆撃に遭った」と言うシーンがある。

 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ライデン

 

このことからライデンシャフトリヒは多言語、多民族国家なのではないかという予想ができる。

 

このことについて次回説明する。

 

 

 実在するライデンとアニメとの比較

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CH郵便社、ライデン市庁舎、旧日銀京都支店

 

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CH郵便社

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ライデン市庁舎

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 旧日銀京都支店

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァイオレット・エヴァーガーデン5話〜オモテ族とウラ族〜

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5話のテーマは「年齢を超えた愛」

 

シャルロッテとダミアン、シャルロッテとアルベルタの二つの年の離れた愛が描かれる。前者は恋愛だが、後者は親子の愛に近い。アルベルタは女官だが。

 

簡単なあらすじを説明する

 仕事でドロッセル王国へ→シャルロッテに謁見→手紙(恋文)を代筆→シャルロッテマリッジブルーシャルロッテの回想→本人どうしの手紙のやり取り→プロポーズ→アルベルタとの別れ

 

嫁ぐ前に育ててくれた女官との別れのシーンは江戸時代でもよくあったそうな。

 

気になったシーン

 

(8分10秒〜)

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シャルロッテが泣きながら部屋を出るシーン。

アルベルタのセリフに注目する。

「思い通りにいかないときに見せる泣き方です」

 

「思い通りにいかない」とはどういうことなのか。理由は二つ。

 

・ダミアンの手紙が代筆されたものだったから(12分00秒〜)

・結婚するとアルベルタと離れ離れになってしまうから(8分42秒〜)

 

(8分42秒〜)

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シャルロッテがアルベルタにきつく当たるシーン。泣いている理由は上の二つなのだが、ここでのアルベルタの立ち振る舞いが印象的である。アルベルタは顔色一つ変えず、ただ側に立っている。

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このシーンも含め、ヴァイオレット・エヴァーガーデンではしばしば十代の視聴者では理解しにくいシーンがある。

 

若者に対して大人のドラマを見せているのか、単に大人が楽しむアニメなのか、どっちなのだろう。

 

(12分00秒〜)

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ヴァイオレットとシャルロッテが会話をするシーン。シャルロッテのセリフに注目する。

 

「ダミアン様は"あんな言葉"を使う方ではないの」

 

「あんな言葉」とは代筆された手紙の文章のことである。

 

しかし、シャルロッテが恋に落ちたのはダミアンのぶっきらぼうで、率直な物言いに心を打たれたからである。

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ここで第2話を思い出して欲しい。

 

エリカはヴァイオレットの率直な言動(言葉の表)に心を打たれて自信を取り戻した。

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第2話のテーマは「言葉の表と裏」であり、ヴァイオレットは言葉の表の象徴、エリカは言葉の裏の象徴であった。

 

以下、言葉の表の象徴を「オモテ族」、言葉の裏の象徴を「ウラ族」と呼ぶ。

 

それを基にこのシーンを図示すると下の通りになる。  

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そして、これを第5話に当てはめると下の通りになる。

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回想でのぶっきらぼうな言葉からダミアンはオモテ族、結婚に不安を持ったり、(8分42秒〜)で本心とは裏腹にアルベルタに当たってしまう行動からシャルロッテはウラ族とした。

 

(16分56秒〜)

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ヴァイオレットのアイデアで互いに手紙を書いてやり取りをするシーン。

 

このシーンの面白いところはダミアンの手紙をもらったシャルロッテが率直な物言い、つまり言葉の表に影響を受け、シャルロッテの手紙をもらったダミアンが自信のない感じ、言葉の裏に影響を受けているところである。

 

図示すると下の通りである。

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(20分39秒〜)

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月下の庭園でシャルロッテがプロポーズされるシーン。4話のクライマックスとも言えるシーン。オモテ族っぽいストレートなプロポーズだった。

 

なお5話では手紙→直接気持ちを伝えるという流れになっているが、3話と4話では直接気持ちを伝える→手紙となっている。予想だが、6話は手紙→直接気持ちを伝えるなのではないかと思っている。

 

(22分42秒〜)

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シャルロッテとアルベルタの別れのシーン。アルベルタはドロッセル王国の宮廷女官なので、もう仕えることはない。しかし、アルベルタは「悲しいです」「もっとお側にいたかった」等の言葉は一切言わない。

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シャルロッテを気遣い、「幸せにおなりなさい」と言って送り出す。シャルロッテを想い、本心とは裏腹の言葉を使うアルベルタもウラ族に分類される。

 

第5話はウラ族であるアルベルタの愛を受け育ったシャルロッテがオモテ族に嫁いでいくという話だったとも言える。

 

<思ったこと>

 

庭園の花や手紙に添えられたバラなど花が印象的だった。花で有名なオランダがドロッセル王国のモデルかと思ったが、シャルロッテはドイツ語圏の名前だった。また、ダミアンは英語圏の名前で、フリューゲルはドイツ語で翼という意味である。  

 

ヨーロッパの国々をごちゃ混ぜにしている印象を受ける。

 

あとヴァイオレットの笑った顔を初めて見た。今後は表情が明るくなってくるのだろうか。

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このアニメは退屈なのだが、不思議と何回でも見れる。アニメではなかなか珍しいことだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァイオレット・エヴァーガーデン4話〜美しい棚田〜

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4話のテーマは「親子の愛」

 

主人公が様々な人々の愛に触れていく中で「愛してる」を理解する、というのがこのアニメの流れになっている。 今回は同僚アイリスとその親の話なので「親子の愛」がテーマとして妥当である。

 

 

  

簡単なあらすじを説明する

 

列車でアイリスの故郷へ→アイリスの両親と会う→両親に結婚を勧められる→アイリスの誕生パーティー→アイリスは母親と喧嘩→幼馴染との過去→両親へ手紙を書く→帰りの列車

 

筋書きとしては田舎出のキャリアウーマンが帰省してお見合いをさせられる典型的な話。口では喧嘩になってしまうので手紙で本当の気持ちを伝えて無事、解決という感じである。実に単純で分かりやすい内容となっている。

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気になったシーン

 

(6分37秒〜)

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アイリスの両親と親戚が牛車に乗って迎えに来るシーン。牛車が使われていることから4話の舞台はフィリピンがモデルの土地であると予想される。民族衣装がフィリピンのものであるかまでは分かりかねる。

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フィリピンの牛車

(10分50秒〜)

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ヴァイオレットとアイリス父が会話をするシーン。満月のシーンに注目する。ここはアニメの利点が大きく出ている。

 

これが小説であった場合、「暗闇に満月が光る」「月が綺麗だった」等の描写が必要になるが、アニメでは絵を見せるだけで小説よりも速く、多くの情報を伝えることができる。

 

小説では何行にも渡るシーンもアニメではたった数秒で表現できる。

 

さらにヴァイオレットのセリフに注目する。「この景色が『大したもてなし』という言葉に相応しい気します」とだけになっている。

 

「綺麗ですね」と言ってしまうと「綺麗な月」という固定観念が視聴者に植えつけられてしまう。このワンシーンを見て「美しい満月だ」と言う人もいれば、「いや月ではなく、月に照らされた雲が美しい」と言う人もいるだろう。 

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あえてぼやかした言い回しをすることで色々な解釈ができるのである。

 

ちなみにフィリピンにはコルディリーラという世界遺産の棚田がある。牛車のシーン(6分37秒〜)もあることからカザリのモデルはフィリピンの棚田で間違いないだろう。

 

 

(8分27秒〜)、(9分54秒〜)、(14分44秒〜)、(15分51秒〜)、

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いずれもアイリスが激怒するシーン。非常に迫力のあるシーンばかりであった。最近のアニメではキャラクターが怒るシーンが減っているように思える。

 

(23分12秒〜)

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アイリスの花畑のシーン。一面に広がるアイリスの花は言葉にならないほど美しい。

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アイリスの名前の由来となった花だが、花言葉は「良い便り」「希望」である。ドールに相応しい名前である。

 

ちなみにヴァイオレット・エヴァーガーデンの女性キャラクターは全員花にちなんだ名前になっている。

 

<思ったこと>

 

随所に出てくる棚田が印象的だった。一番好きなのはアイリスがエイモンに振られるときの棚田のシーン。日本でも有名な場所はいくつかあるので行ってみたいものである。

 

 

棚田のシーンまとめ

 (8分34秒)

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(10分46秒)

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(11分22秒)

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(15分38秒)

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(18分07秒)

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ヴァイオレット・エヴァーガーデン3話

3話のテーマは「良きドールとは」である。

これは教官の言葉で何度も繰り返されているので感覚で分かった人も多いだろう。

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次に3話のあらすじを簡単に説明する

 

ドールの学校に行く→成績は優秀だが代筆の授業を落とす→不合格になる→友人の手紙を代筆して追加合格する

 

これだけである。

特別驚くような展開があるわけではない。ただ学校を卒業しただけである。新しい魔法が使えるようになったとか、戦争が始まったとか、恋に落ちたとか、そういう劇的なドラマはない。

 

淡々と傷を負った少女の成長を描いていく

 

ここでいう 傷とは、両腕を失くした肉体的なダメージと感情に乏しい心理的なものの二つである。

 

そして平凡なストーリーを退屈させないような工夫として作画と音楽が挙げられる。

 

作画については(10分31秒〜)、(11分08秒〜)、(20分00秒〜)のシーンが素晴らしかった。いずれも夕暮れの美しいシーンである。

(10分31秒〜)

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(11分08秒〜)

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(20分00秒〜)

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(10分31秒〜)と(20分00秒〜)については不安そうなヴァイオレットと幼き日のルクリアが重なっている。

(10分31秒〜)

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(20分00秒〜) 

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(11分08秒)については1話と2話でも出てきたギルベルト少佐を想うシーンであり、夕暮れの景色が1話の街灯、2話のランプの灯りの役割を担っている。 

(11分08秒〜)

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次に音楽であるが、(4分59秒〜)のピアノとバイオリンの流れるようなBGMがルクリアの心の変化を表現しているようだった。

(4分59秒〜)

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(7分12秒〜)からも無印良品の店内BGMのような心地よい音楽が流れてくるが、(8分41秒〜)からは音楽を止まる。これは教官の「手紙とは人の心を伝えるもの。良きドールとは人が話している言葉の中から伝えたい本当の心をすくい上げる者」という重要なセリフを集中して聞いて欲しいという配慮からである。

(7分12秒〜)

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(17分00秒〜)も切ないメロディーでルクリアの話を引き立てるが、(18分58秒〜)からは音楽を止めている。無論、二人の会話に注意してもらうためである。

(18分58秒〜)

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<思ったこと>

機械の腕→無感情、冷徹の象徴

手紙→豊かな感情、温かさの象徴

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機械の腕では手紙を書けない。1話の冒頭でもそうだった。書けない理由は感情のない機械の腕にある。

 

だから教官の「すくい上げる」という表現がたまらなく好きだ。義手であるヴァイオレットには「すくい上げる」行為がとてもおぼつかない。機械の腕では少し難しいのだ。

 

それでもなんとかルクリアの心をすくい上げたみたいで良かった。

 

 

 

 

 

 

ヴァイオレット・エヴァーガーデン2話

ひっそりと放送されてるヴァイオレット。やっぱり世界観が感情移入しにくいのが原因だろう。あと笑いの要素がゼロなのも。

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 2話のテーマは「言葉の裏と表」

 

2話では主人公のヴァイオレットと先輩ドールのエリカが対比構造 になっている。理由は後で述べる。

 

気になったシーンについて

 

(5分00秒〜)

ヴァイオレットが初めてタイプライターを使うシーン。速く、正確に、機械のようにこなすヴァイオレットにカトレアは「もう少し、静かにね」と注意する。

 

今回のテーマである「言葉の裏と表」を匂わせるシーン。これによって視聴者は無意識に今回のテーマを理解する。テーマを理解しているからそのあとの展開もなんとなく予測できる。

 

つまり些細なシーンであるが、こういうのがあると、入り込みやすくなるということ。

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(10分10秒〜)

自室でタイプライターを打つ無言のシーン。ランプの灯りが印象的だが、似たようなシーンが1話目にもあった。

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 ↑気になったシーンの(19分52秒〜)参考

 

短いシーンではあるが、ヴァイオレットがギルベルトを想ってるのが分かる。これは1話目のシーンによって"無意識"にランプの灯り」=「ギルベルトへの想い」という図式が視聴者の頭の中で成立するからである。

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 このように繰り返し連想させる手法は名作と呼ばれる映画ではよく用いられている。

(14分15秒〜)

女の利用客が来る。依頼内容は交際を申し込まれた相手へ気品のあるロマンチックな返信であった。エリカは先ほどのミスを引きずっている。彼女の「愛してる」の言葉に反応してヴァイオレットが書くことになる。しかし、ヴァイオレットは依頼者の意図を理解していない。

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このシーンでは理解していないことを軍隊式の敬礼で表現している。

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(15分50秒〜)

先ほどの利用客が怒っている。理由はもちろん、ヴァイオレットの手紙。言葉を表面的でしか捉えららないことが原因である。彼女の泣いている理由が分からないヴァイオレット。

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(17分17秒〜)

2話目の重要なシーンの1つ。喫茶店でカトレアと会話をしているヴァイオレット。カトレアのセリフに注目。

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「言葉には裏と表があるの。口に出したことがすべてじゃないのよ。人の弱いところね。相手を試すことで自分の存在を確認するの…裏腹よね」

 

「言葉の裏と表」「裏腹」が第2話の隠れたテーマになっている。ヴァイオレットは「裏腹」の意味について考えている。

 

(19分28秒〜)

雨の中でヴァイオレットがエリカに自分がドールに向いているか尋ねるシーン。

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ここでエリカは最初に何を言おうとしたのだろうか。恐らく自分もドールに向いていないと伝えようとしたのだろう。

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しかし、ヴァイオレットの態度を見て彼女はこう告げる。「向いていない」と。

 

なぜエリカは「向いてない」と言ったのだろうか?カトレアのセリフを思い出すと「相手を試して自分の存在を確認する」となっている。

 

つまりエリカはヴァイオレットを試して本当の自分の気持ちを確認したかったのだ。そしてなぜこの仕事をやりたいのかと問う。

 

ヴァイオレットは「『愛してる』を知りたいのです」と答える。そして素直にこう続けます。

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「知りたいのです。たとえ向いていなくても。私はこの仕事を続けたいのです」

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エリカは本当の自分を確認できた。

 

(20分57秒〜)

ヴァイオレットをクビにしようという話が出る。ここでエリカはヴァイオレットをかばう。そしてヴァイオレットが一言、「裏腹です」

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ヴァイオレットが裏腹、言葉の裏と表に気づいた瞬間である。と同時にエリカが自分の裏腹に気づいた瞬間でもある。彼女が本当にかばったのは自分自身だった。

 

 

 

 

ヴァイオレットは言葉の裏と表を知らない、ストレートな少女である。

 

そのせいで周りの人間は迷惑をしている。それは女の依頼者であり、カトレアであり、ホッジンズである。

 

しかし、救われた人もいる。エリカである。エリカは言葉の裏に囚われて自分を見失っていた。だからヴァイオレットの素直な行動を心の中で羨ましく思っていた。本当の自分と彼女を重ねていた。だからヴァイオレットがクビにされそうになったとき思わずかばってしまった。

 

「言葉には裏と表がある」というのは裏だけでなく、表も大切にしなければならないという意味も含まれていた。これが第2話の隠されたテーマである。

 

ヴァイオレット↔︎エリカであり、表↔︎裏である。二人が対比になっているのが第2話の特徴である。

 

ただ対比構造がわかりづらいのはヴァイオレットとエリカの対比を暗示する要素が少ないからである。例えば、ランプの灯りがヴァイオレットの象徴ならば、水がエリカの象徴になっているとかそういうシーンを多く入れることで視聴者の無意識に対比構造が作られていく。対比が弱いから視聴者は何か物足りないとか、なんか難しいなという感想を抱く。

 

今後、このあたりが改善されるなら評価が上がっていくと思われる。

 

ちなみに雨が上がるシーン(19分28秒〜)でヴァイオレットに日の光が当たっているが、これは先ほどランプのシーン(10分10秒〜)で象徴されていた「ヴァイオレットの燃えている心」「雨の水」で弱まったことを暗示している。ヴァイオレットは少しずつ自分の意思で行動し始めていることを伝えたかったのだろう。

 

<思ったこと>

 今後もヴァイオレットのストレートな言動は続いていくだろう。しかし、作品の演出からすると彼女のそんな部分を否定していない。むしろ肯定している。彼女の変わっていく部分と変わらない部分をうまく照らしながら物語は続いていくだろう。

 

こんな感じで展開がゆっくりな割に密度が濃い作品になっている。ギャグシーンが入る余地は無く、物語の起伏も少ない。見ていて退屈になる。作画は素晴らしいんだけどね。

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