週休二日〜アニメと文学の分析〜

ネタバレあり。一緒に読み解いてくれる方募集中です。詳しくは→https://yomitoki2.blogspot.com/p/2-510-3010031003010013.html Twitter→@bunbunbun_245

飽和するアニメ

「暇なのでアニメについて話していこうかなと」

 

「唐突やな」

 

「別にええやろ」

 

「ええけど」

 

「今期で一番面白いと思ったのは『かぐや様は告らせたい』」

 

「その心は」

 

「中身が無いから」

 

「それは貶してるんとちゃうんか」

 

「いや褒めてる。シンプルなのがええねん。最近の作品はどうも難しいことをやろうとしたり、テーマを詰め込みすぎてパンクしている作品が多いような気がしてならん」

 

「せやけど、難しいことやらんと人々を感動させることなんてできないやろ」

 

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引用:http://chemistry1.juniorhighschool-science.net/solution/solubility.php

「これはなんぞ」

 

「溶解度のグラフや。理科の実験で水に食塩やミョウバン入れたりしたやろ。中学校で習わんかったか」

 

「それは分かっとる。これがなんでアニメと関係あるんや」

 

「アニメがパンクしているのを例えるなら飽和している状態のことで、つまり一定量の水に対して色々なものをどかどか入れすぎてるのでは、ということや」

 

「水を増やせばええやん」

 

「水を増やす=話数を増やすということなんやが、深夜アニメは基本1クール12話で2クールやらしてくれることはそうそうない」

 

「じゃあグラフにあるように加熱して水の温度を上げればええやん」

 

「水を加熱する=物語のボルテージを上げるということなんやが、作画や脚本にどれだけ力を注いでもいまいち盛り上がらなかったアニメが数多存在することを考えると並大抵の作業ではないと思われる」

 

「ちょっと前にやってた『色づく世界の明日から』が典型的やな」

 

「映像も音楽もキャラクターも良いのに、内容詰め込みすぎて飽和しとった」

 

「12話で魔法やら過去のトラウマやら人間関係やらを描くのは無理がある」

 

「本当は2クールでやる予定だったのに1クールになってしまった、というウワサもあるそうな」

 

「世知辛いな」

 

「絵がきれいなだけにもったいない気持ちになる」

 

「こういう例は過去にもあったようで」

 

「はるか昔にワーグナーの『ニーベルングの指環』という15時間くらいあるオペラがそれに当たる」

 

「これに関してはワーグナーが悪い」

 

「こちらの解説に詳しく書かれている」

 

matome.naver.jp

 

「あとはこんな例もある」

 

 

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引用:https://exam.fukuumedia.com/rika1-12/

 

「これはなんぞ」

 

「再結晶や。グラフの通り、加熱した水溶液を冷やすとその分だけ溶けてた物質が析出するんや」

 

「だから、それのどこがアニメと関係あるんや」

 

「さんざん大風呂敷を広げておいて、最後間に合わんくて畳みきれなかったみたいなアニメあるやろ」

 

「おう」

 

「極限まで高まった物語のボルテージが最後の最後でイマイチな終わり方をさせられると急激に冷めるんや。そして飽和する。この現象を再結晶に例えた」

 

「具体的にはAngel Beats!とかか」

 

「あれも面白いんやけどな」

 

「あの作品はノスタルジックかつエキサイティングな演出で、緻密な脚本と少年少女のイデオロギーが絶妙にドラマツルギーで…」

 

「何を言うとるんや」

 

「こう書くとなんか偉いこと言ってる風に見えるやん」

 

「カタカナ言葉並べてるだけで大したこと言うてないやろ」

 

「せやで」

 

「冗談はさておき、やはり安パイでいくなら溶かす物質の量を減らす=内容を詰め込みすぎないに限る」

 

「なんか寂しい結論になったな」

 

「そうでもないやろ。現に『かぐや様』は内容こそ薄いが、キャラクターの喜怒哀楽やらちょっとした掛け合いやらが面白くて人気が出てる」

 

「物語の余白を楽しむというか、ある程度余裕があるアニメを見たいという気持ちは分かるな」

 

「あと出てくる女の子が可愛い」

 

「...」

 

「なんや」

 

「...いや...そういうところはオタクなんやなと」

 

「ほっとけ」

 

「オタクはほっといて、テレビアニメは構成よりキャラ重視なのは『青ブタ』を見て分かったしな」

 

 

dangodango.hatenadiary.jp

 

「アニメはキャラ戦略が命やな」

 

「せやな」

 

「ごちゃごちゃ言ってきたが、今回伝えたかったのは、作品作るうえで大切なんは盛り込めるテーマの溶解度(限界値)をわきまえることで、『無理なもんは無理』と開き直る精神が大切っちゅうことや」

 

「分かっててもそれができない実情もあるわけなんだが」

 

「それに関しては、どうにもならん」

 

「冷たいな」

 

「しゃーない」

 

「言いたいことは大体終わったけど、なんかあるか?」

 

「他に気になったアニメは?」

 

「『夜は短し歩けよ乙女』というのを見た。湯浅監督はデビルマンのリメイクで知ってたけど、思ったよりもファンタジーだった。ちょっと演出のやりすぎでヤク中の幻覚かなと思った箇所もあったけど、ドタバタ感が大学生っぽくて面白かった」

 

Twitterでは『どろろ』と『モブサイコ』が人気みたいやけど」

 

「見てない。漫画読んだしええかなと」

 

「適当やな」

 

「他は?」

 

「展開予想はせんのか?」

 

「やろうと思ったけどめんどくさくなったからやめた。次やります」

 

「なまけもんが」

 

「やる気が出なかったからしゃーない」

 

「という感じで」

 

「今回はこの辺で」

 

「さようなら」

 

 

 

 

 

 

 

SAOについて

分析は面倒なのでやらない。感想だけ置いておく。

 

SAOというアニメがある。ゲームの世界で主人公が剣で戦うのだが、中二病全開で正直痛い。十代向け作品。大人になってから見るもんじゃない。

 

でも、凄い人気で4クールでアニメやってる。この作品が人気だと聞いて、「やはり日本人の特攻精神は不滅なんだな」と思った。

 

SAOのキリトくんは日本文化特有の「死ぬために戦う」キャラ。真田幸村とか特攻隊の末裔である。剣の腕は最強。でも戦術は凄くても戦略がない。チームプレーができないから敵の集団に一人で戦う。個人戦術が凄いので勝てるが、最後は自分を庇ったアスナを死なせてしまう。この辺はるろうに剣心に似てる。美しいけど、もう少しスマートに戦えた気もする。

 

もっと言うと日本軍に似てる。一人一人の兵隊の質は高かったのに戦略が無くて戦争負けた。キリトくんが一人で無双するのはカッコいいがスマートではない。もっとも劇場版辺りからチームプレーするようになったが。

 

アインクラッドの最初のボス戦でリーダー的存在が無茶な突撃して死ぬ。彼はこのゲームのβ版をやっていた。つまりゲームについての知識が他の人よりもあった。それなのに何もしなかった。当然、知識のない人は死んでいく。そのことに責任を感じていた。死んでいった人たちに申し訳なく思っていた。

 

その償いとして死ぬ。死んで楽になろうとする。まさに「死ぬために戦う」である。もっとも死んだところで事態は解決しない。キリトくんが「うおおおおお!!」となるだけである。

 

そして彼と同じ十字架をキリトくんも背負ってる。

 

彼はあるギルドに加入する。ゲーム内のレベルが低い人たちだったので、気を遣って自分のレベルは隠していた。しかしこれが原因でギルドは全滅してしまう。戦犯である。忖度した結果が部隊の全滅。まさに大日本帝国陸軍

 

適切な進言ができる職場環境じゃなかったばかりに何万人の兵士が命を落としたか。気づいていても言い出せないあたりが日本の組織のダメな感じする。

 

対照的なのが黒幕の茅場晶彦。彼には戦略がある。自分の死んだ後の世界のことを考えて行動している。もちろん多くの人々を死なせた悪い奴だが、現に彼のフルダイブ技術で救われた命もある。SAOの美点は茅場を完全な悪者にしなかったことである。剣振り回して「カッケー!!!」ではない。

 

そういえば彼はゲーム内でも血盟騎士団というギルドを組織しており信頼も厚かった。騎士団の中には悪い奴もいたが集団を組織して敵と戦う点ではキリトくんより戦略がある。

 

彼の事業は菊岡さんや後輩たちに受け継がれる。キリトくんも意識している。自分には無いものがあるから。茅場は自殺こそするが、その後もバーチャル空間漂ってるし、戦略的撤退と言った方が良さそう。

 

個人的には菊岡さんたちの出番をもっと増やして欲しい。まあそんな見込みは無さそうではある。

 

アリシゼーションは訳わかんなくなってるが、バカに出来ない作品である。今、キリトくんに夢中になってる十代の若者が大人になって茅場たちの良さに気づけたら、それだけでもこの作品の意義があると思う。

 

「死を覚悟して戦うキリトさんカッコいい!!」だと元も子もないが。

 

昔は「死なないゲームなんてぬるすぎるぜ」とか抜かしてた奴が「戦うんじゃない。勝つんだ」と言うようになってるので、人間成長するもんだなーと思ってる。

 

 

 

 

小林秀雄と中二病

文芸評論家の小林秀雄がこんなことを言っていた。

 

若い人々から、何を読んだらいいかと訊かれると、僕はいつもトルストイを読み給えと答える。(中略)すると必ずその他には何を読んだらいいかと言われる。他に何も読む必要はない、だまされたと思って「戦争と平和」を読み給えと僕は答える。だが嘗て僕の忠告を実行してくれた人がない。実に悲しむべきことである。(中略)途方もなく偉い一人の人間の体験の全体性、恒常性というものにまず触れて十分に驚くことだけが大事である。

              (引用:「トルストイを読みたまえ」)

 

なぜトルストイなのかに関しては答えていない。あいまいな文章である。自分で考えろということか。トルストイとはどんな作家だったのか、戦争と平和で何を伝えたかったのか。この部分について考えなければ、なんの意味も持たないアドバイスである。

 

また、彼はこんなことも言っていた。

 

             

1、「つねに第一流作品のみを読め」  

「いいものばかり見慣れていると悪いものがすぐ見える、この逆は困難だ。」

 

2、「一流作品は例外なく難解なものと知れ」

「一流作品は(中略)少なくとも成熟した人間の爛熟した感情の、思想の表現である。」

 

3、「一流作品の影響を恐れるな」

「真の影響とは文句なしにガアンとやられることだ。こういう機会を恐れずに掴まなければ名作から血になるものも肉になるものも貰えやしない」

 

4、「もしある名作家を択んだら彼の全集を読め」

「そして私達は、彼がたった一つの思想を表現するのに、どんなに沢山なものを書かずに捨て去ったかを合点する。」

 

5、「小説を小説だと思って読むな」

「文学に憑かれた人には、どうしても小説というものが人間の身をもってした単なる表現だ、ただそれだけで十分だ、という正直な覚悟で小説が読めない。」         (引用:「作家志願者への助言」)

 

 

1~3については特になし。

 

気になるのは4と5である。

 

「彼がたった一つの思想を表現するのに、どんなに沢山なものを書かずに捨て去ったかを合点する。」

 

その作家が何を書き、何を書かなかったのかを知れということである。読書をする上で、「何が書いてあるか」に焦点が集まりやすいが、「何を書いていないか」に注目することでより理解が深まる。

 

逆に言えば、このポイントさえ掴んでいれば別に全集を読む必要はない。あんな重いもの持ち運べるか。

 

5についてさらに詳しく引用する。

 

文学志望者の最大弱点は、知らず識らずのうちに文学というものにたぶらかされていることだ。文学に志したお陰で、なまの現実の姿が見えなくなるという不思議なことが起る。(中略)文学に何んら患わされない眼で世間を眺めてこそ、文学というものが出来上がるのだ。文学に憑かれた人には、どうしても小説というものが人間の身をもってした単なる表現だ、ただそれだけで充分だ、という正直な覚悟で小説が読めない。

(引用:「作家志願者への助言」)

 

 

読書家に陥りがちな現象で、好きな作家に酔いしれるあまり言動を真似したり、わざと古風な文体を使ってしまう人々がいる。中二病の一種である。

 

彼らは往々にして、難解な作家を好む。しかしながら中身は読んでいない。作家の権威を利用して自分を装飾してばかりいる。「トーマス・マンを読んでいる自分が凄い」「三島由紀夫を読んでる自分が凄い」「黒澤明を見てる自分が凄い」

 

作家の何が凄いのかという理由については、ちょっと難しい言葉を使いながら抽象的にあやふやに語ってごまかす。答えられるはずがない。中身を読んでいないのだから。

 

では、小林秀雄は?

 

昔、彼の文章を一回読んだことがある。とにかく難解な言い回しで、曖昧模糊な言葉をこねくり回していた印象だった。はっきり言って嫌いである。小説ならともかく評論の文章ではなかった。しかし、偉い学者は「小林は素晴らしい」と絶賛する。数年前のセンター試験に出て話題にもなった。いまだに彼の権威が存続している証拠である。

 

小林が言っていた通り、一流の文学は難解なものである。それが批評されることで、さらに難解になる。一般読者からすればたまったもんじゃない。

 

ただ当時の文学青年はそのような文章に熱狂したそうで、いつしか小林は「知の巨人」と呼ばれるようになった。彼らのうち何人かは文芸評論家になり批評を書く。

 

かつて小林に熱狂していた青年はどんな批評を書くだろうか。当然、憧れの人物の文体を真似るであろう。小難しく、装飾過剰な文章を。

 

「作家志願者への助言」を読んで思ったのが「お前が言うんじゃねーよ」だった。「文学を志したお陰で、なまの現実の姿が見えなくなるという不思議が起こる」

 

不思議も何も小林自身の文章が招いた結果である。(全部とは言わないが)

 

ともかく、小林秀雄を崇拝する中二病のせいで文芸評論は小難しくなってしまった。中身は空っぽだが外面はやたら豪華な文章が量産された。彼らは憧れの知の巨人の真似ができて大満足だろう。被害を受けたのは後世の我々である。

 

中二病も青年のうちなら可愛いものだが、大人になっても引きずると重症化する。

 

「文学に憑かれた人には、どうしても小説というものが人間の身をもってした単なる表現だ、ただそれだけで充分だ、という正直な覚悟で小説が読めない。」

 

素晴らしいお言葉である。

文学と方程式

以下は仮説である。

 

通常、物語は一つの主題に沿って描かれる。

 

一つの主題は一つの文化に基づいているとする。

 

作者が日本人なら日本の文化に基づいた主題を、ロシア人ならロシアの文化に基づいた主題を選ぶことが多い。

 

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数学で例えるなら一次方程式である。シンプルで解きやすい。だけど、ちょっと物足りない。世界中に存在する多くの作品がここに該当する。

 

そこに天才が現れる。天才は二つの主題、つまり二つの異なる文化を合体させることに成功する。

 

ダンテの神曲ゲーテファウストがこれに当たる。日本文学も大変苦労しながら西洋文化と日本文化を融合させた。

 

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 二次方程式である。解が二つある。これが二つの文化を表している。

 

ただし、解がちょっと汚い。美しくないのである。あと計算も大変である。

 

そこに超天才が現れる。

 

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係数を上手くいじって綺麗な解を出せました。これなら簡単に計算できる。さっきの方程式よりも分かりやすく、一般的である。

 

この超天才の名前はドストエフスキー。作品はカラマーゾフの兄弟

 

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では、三次方程式はどうか。

 

 

 

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引用:http://www.wolframalpha.com/input/?i=ax^3%2Bbx^2%2Bcx%2Bd%3D0


ご覧の通り、解の公式も半端なく長い。

 

三つの異なる文化のドッキング。このかつてない難題に挑んだ作家はいるのだろうか。

 

あるとすれば相当な大長編で、難解だと思われる。係数を綺麗に揃えるどころか一生のうちに完成することすら危うい。

 

一つだけ心当たりがある。

 

プルースト失われた時を求めてがそうなのではないか。そう考えると、あれほど長い理由も納得がいく。三次方程式なのだから長くなって当然である。

 

果たしてプルーストは成功したのだろうか。読んでる途中なのでまだ何も言うことができない。

 

ただ成功していたら、次は四次方程式だ!となるのが人間である。失われた時を求めて以降、四つの異なる文化のドッキングなんて作品は生まれていないはず。

 

つまり、三次方程式は無理だったということになる。

 

文学の世界では二次方程式までが限界で、それを証明してくれたプルーストは偉大である。自分の一生をかけて「無理だということ」を発見したのだから。

 

あくまで仮説なので読んでみにゃ分からないのだが、本当にめんどくさい。

 

 

トーマス・マン実吉捷郎訳について

 

dangodango.hatenadiary.jp

 

以前、トニオ・クレーゲルの解説にて実吉訳の素晴らしさについて触れた。

 

原文通りなら「道に迷える俗人」と訳すところを「踏み迷える俗人」としたところがポイントで、この翻訳はソナタ形式を意識した上でとても重要なものであった。

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B(第2主題)では「踊り」が対応していて、「道に迷った俗人」だとイマイチ伝わりにくい。「踏み迷える俗人」だと踊りのニュアンスが伝わりやすい。

 

これが単なる訳者の思いつきか、構造を意識してのものだったかについては判断を保留していた。

 

今回はそのことについて述べる。

 

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dangodango.hatenadiary.jp

 ちなみに「ヴェネツィアに死す」の解説で用いたのは光文社岸訳である。

 

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上の表は「ヴェネツィアに死す」の構造を読む上でポイントとなる箇所を比較した表である。比べるのは岸訳である。

 

なお、実吉訳も光文社岸訳も決して誤訳ではない、という前提で話を進める。

 

第1章では「葬送行進曲」がポイントである。実吉訳では「墓地」が繰り返し文章に出てくるのに対し、岸訳では意図的に「墓地」という単語を省いている箇所がある。葬送行進曲をイメージする上では「墓地」を強調したほうが良い。

 

第2章と第3章に関しては特になし。

 

第4章はアダージェット、愛の楽章である。つまり「愛」がポイントである。実吉訳では「愛情」という単語を使うのに対し、岸訳は「恋い焦がれ」となっている。恋ではなく愛情のほうがアダージェットであることに気が付きやすい。

 

実吉訳では「愛の童神」、岸訳では「キューピッド」も同様に実吉訳のほうが伝わりやすい。

 

第5章では実吉訳は「美女」に対し、岸訳は「美」だけになっている。ヴァネツィアは水の象徴であり、女性の象徴であることも踏まえると実吉訳のほうが理解しやすい。

 

途中で主人公が見る夢はワルプルギスの夜に対応している。

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実吉訳では「供物の祭典」、岸訳では「乱痴気騒ぎ」と表現される。これに関しては岸訳のほうがワルプルギスをイメージしやすい。

 

ラストの場面、海岸にいるタッジオと主人公。実吉訳では「見守る」、岸訳では「眺める」

 

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第5章はソナタ形式になっている。提示部と展開部の主題が「後を追う」、「ストーキングする」であることを踏まえると「見守る」のほうがやや適切である。

 

以上の点から光文社岸訳より実吉訳のほうが、構造を読むという点で優れていることが分かる。

 

もちろん、実吉訳はただ直訳しただけで岸訳は現代風に言い換えたばかりにマンの意図から外れた、という可能性も捨てきれなくはない。

 

しかし、トニオ・クレーゲルでの「踏み迷える俗人」という訳から考えても、実吉捷郎は構造を読める人間だったと考えるのが自然である。

 

また、岸訳は無駄を省いて現代人でも読みやすい訳文になっているが、実吉訳は直訳風で硬く、言い回しが古い。

 

どちらの翻訳も長所、短所があるが、構造を読むという点から実吉訳で読むことを強くオススメする。

 

海外文学において、読者が内容を理解できるかは訳者の理解に強く依存する。訳者が内容を理解できていなければ、読者が理解するのは困難を極める。

 

そういった点で、実吉捷郎の翻訳は特筆に値する。

 

ちなみにブッデンブローク家の人びとと魔の山については実吉訳を見つけられなかったので比較を断念した。

 

 

 

輪るピングドラムの余談

 

dangodango.hatenadiary.jp

 

頑張ってシンプルに説明したつもりである。

 

銀河鉄道の夜」は賢治なりに頑張って全編対句しようとした作品である。その作業が大変すぎて完成できなかったが。

 

幾原監督も恐らくそのことに気づいている。気づいているがアニメでそれをやるのは無謀と判断したと勝手に妄想している。

 

 村上春樹の影響があるかどうかは判断しかねる。もっと分析すれば分かるかもしれないが、もう疲れたのでやらない。気になる人は各自でお願いする。「生存戦略」の意味はそのうち考える。

 

キリスト教といえば近代日本文学は西洋文化の消化、すなわちキリスト教を吸収する闘いだったともいえる。

 

漱石は神経衰弱になって胃に穴が開いたが西洋文化の正体分からなかった。芥川はキリスト教なんじゃないかと推測までしたが自殺、賢治はキリスト教の中心にある三位一体教義を理解したが過労で倒れる。「銀河鉄道の夜」は未完成。戦後になって太宰と三島が挑んだ。そして二人とも自殺。

 

彼ら以外にも挑んだ作家はたくさんいるだろう。そして闘いでボロボロになって死んでいった。文化と文化を消化する作業は想像を絶するほど大変なのだ。

 

輪るピングドラム」は彼らの屍の上に成り立っている。

 

つまり「ピングドラム」をこうやって鑑賞できるのは彼らの自己犠牲のおかげである。彼らはこのアニメを見てなんと思うだろうか。

 

私が知らないだけで他にもキリスト教を取り扱ったアニメはある。テクノロジーの進歩によって現代の主役は文芸からアニメへ移り変わったわけだが、これは別に悲しむことではない。

 

現代文学にも優れた才能はいる。ただ、アニメの理解度の高さが半端ないのだ。

 

「漫画アニメなんぞより文学のほうが優れている」なんて言ったら恥をかく時代になった。

 

「輪るピングドラム」解説

(以下、ネタバレあります)

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2011年に放送されたアニメ。タイトルからして難しそうです。「輪るピングドラム」。なんで「輪る」なのでしょうか、「回る」じゃダメなのか。最初はそんなことを思っていましたが、最後まで見たらタイトルの意味が理解できました。

 

あらすじ

 

昌馬、冠葉、陽毬の三人兄妹は水族館に行きました。しかし、妹の陽毬は病気で倒れ死んでしまいます。悲しみに暮れる二人の前に突然、ペンギン帽を被り復活した陽毬が。そして彼女の口から「ピングドラムを探せ」とかなんたらかんたら

 

内容がてんこ盛りです。頭がパンクしそう。考察しようにも底なし沼にはまっていきそうです。こういうときは一つずつ丁寧に紐解いていく。そうすれば必ず理解できます。

 

地下鉄サリン事件

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地下鉄で見える95という数字、事件があったのは16年前。2011年から16年前は1995年。もうお分かりだと思います。

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1995年地下鉄サリン事件です。オウム真理教が東京の丸の内線に毒ガスをまいて多くの人の命を奪ったテロ事件。

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劇中に何度も地下鉄が出てくるのはそのためです。直接は触れていないが間接的に匂わせています。そういえば「荻窪線」に出てくる新宿御苑荻窪などは実際の丸ノ内線の駅名ですね。

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つまり昌馬と冠葉の両親が所属していた組織ピングフォースはまんまオウムです。あと熊のぬいぐるみのような爆弾がサリンです。

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酒鬼薔薇聖斗事件

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劇中に「子供ブロイラー」というのが出てきます。捨てられた子供をバラバラにし、透明にするための施設らしいです。ちょっとよく分からない。

 

これは1997年酒鬼薔薇聖斗事件です。

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酒鬼薔薇の書いたマークには扇風機のようなものがあります。

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子供ブロイラーにある大きな換気扇。

 

酒鬼薔薇聖斗の犯行声明に「透明な存在になる」という文言があります。これが子供ブロイラーの透明にすると対応しています。

 

グロテスクですね。書いてて気分が悪くなってきました。やたら不気味で怖いシーンなのは残虐な事件をオマージュしているからです。

 

南極物語

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昌馬たちの父親はかつて南極観測隊に所属していました。

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1983年映画「南極物語」です。

 

そり犬たちは南極で観測隊員に置き去りにされます。

 

16年前の事件で突然両親が逮捕され置き去りにされる昌馬、冠葉、陽毬。

 

 

自分では気が付きませんでしたが、多蕗と時籠ゆりは苗字が「タロ」「ジロ」と読めます。ほぼ間違いなく下敷きにしています。

 

こんな感じで「ピングドラム」は残酷な事件も取り扱っています。どこか暗い雰囲気があるのはそのためでしょう。

 

しかし、一番重要なのは「銀河鉄道の夜」です。

 

 

銀河鉄道の夜

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一番ウェイトが高い元ネタが「銀河鉄道の夜」なのです。1話の冒頭で二人の少年が話しているようにジョヴァンニとカムパネルラの物語。「ピングドラム」はまんま「銀河鉄道の夜」です。

 

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表の通り、銀河鉄道の世界観満載です。

 

ところが「銀河鉄道の夜」はとても難しいんです。児童書だとあなどるなかれ。実はキリスト教を取り扱っています。だから「ピングドラム」も難しい。一回見ただけで理解できた人はほとんどいないでしょう。

 

というわけで最初に「銀河鉄道の夜」について知る必要があります。下のNaverまとめはその解説です。

 

matome.naver.jp

 

 

(最悪「銀河鉄道」は読まなくていいのでこちらの解説だけでも読んでくださると助かります。一応、軽く説明はしますが。読んでくれた方は聖霊とはの項目まで飛ばしてくれて構いません)

 

三位一体教義

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銀河鉄道」を理解するにはキリスト教を理解しないといけません。キリスト教を理解するには三位一体教義を理解しないといけません。面倒ですね。

 

しかもこの三位一体教義がとても難しい。我々日本人には理解しづらいです。(だから日本でキリスト教が流行しなかったのかもしれない)

 

なるべく分かりやすく説明します。間違っていたら信者の方申し訳ありません。

 

以下、小芝居

 

 

神「がっはっは、人間と違ってわしはこの宇宙を作った全治全能の神であるぞ~」

 

人間「神よ、その通りです」

 

神「ところで、無限の存在である神を有限な存在の人間が認識できるのはおかしくないか」

 

人間「あ、確かに」

 

人間は困りました。これでは理屈に合いません。なんとか考えた結果、次のような理屈を思いつきました。

 

人間「神よ、確かに我々は神を断片的にしか認識できません。バラバラに、部分的にしか認識できませんが、恐らくそれらを一体のものなのだろうと考えています」

 

神「うむ、よかろう」

 

このバラバラになった断片を「父なる神」「キリスト」「聖霊」と呼びます。3つ合わせて一つのもの、三位一体ですね。

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実はこの考え方は聖書よりも大事なのです。え、分からない?それは困りました。この考え方から外れると、異端と呼ばれて皆殺しにされます。殺されたくなかったら理解するしかありません。

 

人間の体に置き換えて考えてみましょう。

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脳が「父なる神」、視覚が「イエスキリスト」(目で見えるから)、聴覚が「聖霊」です。

 

神「わしは考え(脳)、見て(視覚)、予言を聞き(聴覚)認識するぞー」

 

人間「神よ、私たちにはそんなことできません。人間ですから。しかし、脳と視覚と聴覚の3つの方法を使えば、あなたに近づくことはできます」

 

神「その通り!」

 

めでたしめでたし。キリスト教徒でなければこのくらいの認識でいい気がします。ちゃんと知りたいという方はニケア信条というのを読んでください。

 

おまけ

 

Aさん「つーか、聖霊はキリストからも発するぜ」

 

Bさん「は?お前何言ってんの。視覚(キリスト)から聴覚(聖霊)が発するわけねーじゃん。目から耳が出るってどういうことだよ!」

 

Aさん「なんだと!」

 

Bさん「この野郎!」

 

二人は大喧嘩をして東西に分裂。今でも仲直りできていません。Aさんの名前はカトリック教、Bさんの名前はギリシャ正教といいます。

 

小芝居終わり

 

聖霊とは

 

三位一体の概念自体イメージしづらいのですが、もっとイメージしづらいのが「聖霊」です。お天道様を信じる日本人にはちんぷんかんぷんです。

 

要するに「人に予言させるインスピレーション」のようなもので、聖霊に降りてきてもらった人は様々な予言を口走ります。イタコとは違いますがイメージ的にはあんな感じで口走ります。

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これは三位一体の絵です。キリスト教文化ではおじいさんが父なる神、若いほうがキリスト、聖霊は鳩で描かれます。

 

聖霊とは聴覚、つまり言葉ですから言葉は鳩、鳥の絵で表現されます。鳥=言葉。

 

そして、「ピングドラム」はこの聖霊の言いかえが非常にうまいです。

 

作中、妹の陽毬はペンギン帽を被ると何かに憑かれたかのように「生存戦略」と叫びだし、「ピングドラムを探せ」と指示してきます。

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取り憑く別人格(プリンセス・オブ・ザ・クリスタル)が父なる神、キリストが陽毬、聖霊つまり鳥がペンギン帽です。「ピングドラムを探せ」が予言(=言葉)に当たります。というか陽毬は死んで復活するのですからイエスそのものですね。

 

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アニメだと聖霊がイメージしやすいですね。ちゃんとペンギン帽にも意味がありました。「イマジン」と叫ぶのはインスピレーションが来た、ということなのでしょうか。

 

原罪

 

 さっきからキリスト教の話ばかりですね。もう少しだけ我慢していただいて、「原罪」の話をします。

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エデンの園にいたアダムとイブは神の言いつけに背いて禁断の知恵の実(=リンゴ)を食べてしまい、知恵と性に目覚めます。これに神様は激怒。二人を楽園から追放します。

 

アダムとイブは最初の人間なので親から子へ受け継がれ、やがて人類全員が罪を背負うことになりました。これが原罪です。

 

罪が相続されるなら善行も相続されないのでしょうか。突っ込みどころ満載ですが我慢してください。

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そしてこの原罪から人類を解放してくれるのがイエス=キリストです。彼は無実の罪を背負い死刑になることで、人類の罪をチャラにしてくれます。

 

だからイエスを信じる者は自分の罪がチャラになるので救われます。めでたしめでたし。

 

これでようやく「銀河鉄道」の話ができそうです。

 

原罪=リンゴ

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銀河鉄道」で原罪が表現されるのはリンゴの話です。燈台守が眠っているひろしの膝の上にリンゴを置きます。ひろしは目覚めて「今お母さんの夢を見ていた。棚や本のあるところにいた。リンゴを取ってこようとしたら目が覚めた」と言います。

 

ちょっとよく分からないですが、ここで本とは知恵のことです。ひろしはリンゴを食べますので、禁断の知恵の実を食べたということです。

 

ピングドラム」にもこれと似たシーンが出てきます。

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9話で陽毬がドアを開けると図書館にたどり着きます。そこで司書をしている眞悧に出会い、過去が書かれた本を取り出しながら最後は元の世界に目覚めます。このとき眞悧に「忘れ物だよ」と渡されるのがリンゴです。

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一見、意味不明ですが、実は先ほどのひろしのエピソードが元になっています。図書館の棚には本がたくさんありますから。燈台守=眞悧、ひろし=陽毬です。

 

ちなみに図書館の名前は「空の穴」と言いますが、これも「銀河鉄道」に出てくる用語です。

 

蠍の炎

 

今話したように、原罪から人類を解放するのがイエスの自己犠牲です。「銀河鉄道の夜」は自己犠牲にあふれています。

 

中でも象徴的な存在がサソリです。このサソリのエピソードが最も重要な箇所なのです。

 

以下、小芝居

 

サソリ「まずい、イタチに見つかってしまった。このままでは食べられてしまう。逃げなくては」

 

イタチ「待てー」

 

サソリ「どうしよう、このままでは捕まってしまう。そうだ!この井戸に飛び込もう」

 

イタチ「くそ、逃げられたか」

 

サソリ「しまった、井戸の水で溺れてしまった。ああ、なんて自分は愚かなのだろう。自分は今までたくさんの虫を殺して食べて生きてきた。それなのに自分が食べられそうになったら井戸に逃げた。なんで食べられて上げなかったのだろう。犠牲になってあげなかったのだろう」

 

神「素晴らしい。お前は自分の原罪に気づいた。そして自己犠牲を志した。お前の心臓を真っ赤な星として夜空に打ち上げてやろう」

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これがさそり座のアンタレスです。サソリは虫を食べて生きています。原罪を背負っています。そのサソリが原罪に気づき、自分の命を差し出せばよかったと気づく、ここが「銀河鉄道」最大の主張です。

 

銀河鉄道」に蠍の火というのが出てきます。真っ赤でとても美しいです。美しいのは

自己犠牲の象徴だからなのですね。

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ピングドラム」にも「蠍の炎」が出てきます。冠葉の心臓にあります。これはサソリの心臓、つまり自己犠牲の象徴です。

 

最終話で荻野目林檎が運命の乗り換えをしたときに出る炎も蠍の炎です。自己犠牲の代償として炎に焼かれるのです。

 

 色々な自己犠牲

 

銀河鉄道」は自己犠牲の物語ですから「ピングドラム」にも自己犠牲が出てきます。

 

父親は嵐の夜に熱を出した陽毬を病院までおぶっていきます。後を冠葉が追いかけるとガラスの破片が飛んできました。冠葉を庇って父親は傷を負います。

 

母親も鏡が陽毬に倒れてきたのを庇って、ガラスの破片で傷を負います。

 

冠葉は警察から逃げてるとき真砂子を庇って、ガラスの破片で傷を負います。

 

陽毬は昌馬の心臓からでたリンゴを冠葉に渡すためにガラスの破片で傷を負います。

 

冠葉は運命の乗り換えが終わると陽毬を助ける代償としてガラスの破片になって消えます。

 

なんだか共通点がありますね。

 

運命の輪

 

作中に出てくる自己犠牲をすべて表にしましょう。

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実は登場人物全員が自己犠牲の代償を共有しあうのです。互いに罰を受けあう。互いに愛による自己犠牲で助け合う。他にも探せばペアが見つかるかもしれません。

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そうです。これが「運命の輪」です。みんなで自己犠牲を、愛を繋げあう。輪のようにつながっていくのです。始まりは桃果です。彼女が始めた自己犠牲が多蕗、ゆりを巻き込み、元々家族ではなかった高倉家や真砂子を巻き込んでいくのです。

 

輪るピングドラム」は難解ですが、それでもなんとなく面白いな、と思うのはこの表を見れば明らかです。一見他人どうしによる出来事が輪のように密接につながり合っているからです。

 

そしてこの輪に入れないのが眞悧です。彼は世界を憎むだけで自己犠牲をしません。だから輪に入れません。仲間はずれです。悪人だから仕方ありません。

 

輪廻転生

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宮沢賢治仏教徒でした。それも法華経を信仰していました。「銀河鉄道」にも仏教を示唆する文章が出てきます。

 

以下は「銀河鉄道の夜」本文より抜粋

 

「そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍のように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました」

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天気輪の柱というのは賢治の造語なのですが、法華経の多宝塔なんじゃないかと言われています。そしてこれが賢治の輪廻思想を表していると推測されています。

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三角標は形が三角形ですから3、つまり三位一体教義を表しています。

 

天気輪の柱が三角標になる、つまり仏教思想がキリスト教に溶け込んでいくということです。(銀河鉄道は未完成の作品なので、この辺あんまり詳しく分かっていません)

 

 

賢治の仏教思想に「輪廻転生」というものがあります。

 

生前、良い行いをすれば死んでも良い人間に転生して幸せな生活を送れるし、悪い行いをすれば死んでも悪い人間に転生してひどい人生を送るか、人間以下の獣に転生、もしくは幽霊のまま苦しみます。

 

つまり、転生が良くなるかどうかは生前の行動次第です。では良い行動とはなんでしょうか。

 

それが「愛による自己犠牲」です。自己犠牲をした登場人物たちの輪廻転生を見てみましょう。

 

・桃果

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桃果は多蕗と時籠ゆりを救い、地下鉄テロも命を投げ出して救おうとしました。尊いです。だから転生先はもっと幸せな人生が歩めるはずです。転生したのは恐らく妹の林檎です。彼女には陽毬と穏やかな日常が待っているはずです。

 

・昌馬と冠葉

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昌馬は荻野目林檎を助けるため、冠葉は陽毬を助けるために死にました。愛による自己犠牲の死です。だから不幸じゃありません。最終話で歩いていく二人の少年が彼らの転生です。

 

彼らはどこまで一緒に歩んでいきます。ジョバンニとカムパネルラのように。きっと幸せな人生が歩めるはずです。

 

・昌馬たちの両親

彼らは16年前の事件を起こした組織の幹部です。悪い人たちです。劇中で死んでいることが分かりました。しかし、自分の子供たちをガラスの破片から庇いました。愛による自己犠牲です。なので一応転生はできます。

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恐らく、ペンギンです。もしくはその他の動物たちのどれかに転生しています。テロを起こしたので転生先は獣に降格です。当然です。

 

・眞悧

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一番最悪なのは眞悧です。テロを起こした首謀者です。魔法で真砂子を生き返らせますが、対価として冠葉を組織に巻き込みます。自己犠牲じゃないです。輪廻転生ができません。善行を積まなければダメなのです。

 

だから幽霊です。ずっとさまよっています。彼は転生できるのでしょうか。たぶん無理です。

 

タイトルの意味

 

これでようやくタイトルの意味が分かりました。「回る」じゃダメなんです。回転ではなく、”輪”廻するんですから。ピングドラムは作中で言ってたように運命の果実=リンゴです。リンゴは原罪です。

 

つまり「輪るピングドラム」とは、

 

「原罪は一人ではなく、みんなで背負おう。そして愛による自己犠牲しよう。そうすれば輪廻転生してより良い人間に転生できるから」

 

という意味です。

 

最終話で少年が話していた「リンゴは愛による死を選んだ者へのご褒美なんだ。死んだら終わりじゃない。むしろそこから始まると賢治は言いたいんだよ」とはこのことを指しています。

 

作品の主題

 

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平成に入り悪意を持った人間による残虐な事件が発生しました。かなりショッキングな事件で、加害者とその家族に対する報道も加熱しました。平成元年の宮崎勤事件では加害者の家族が自殺してしまいました。

 

「彼らは悪魔だった」その一言で済ましていいのでしょうか。

 

加害者に共通するのは幼少期に愛を受けずに育ったことです。愛を知らなかったことが悲惨な事件の始まりでした。

 

大切なのは二度とこのような悲劇を起こさないように行動することです。それが「愛による自己犠牲」です。みんなで助け合い、運命の輪を広げればみんなが輪廻転生してより良い人間に、より良い世界に生まれ変わるのではないか。輪を広げて眞悧のような人間を一人でも減らせるのではないか。

 

昌馬や冠葉たち高倉家は加害者家族です。彼らに罪はありませんが、理不尽な目に遭います。彼らも一歩間違えれば眞悧のように幽霊になっていたかもしれません。

 

「綺麗ごとだ」「遺族の気持ちを考えろ」そんな声が聞こえてきそうです。確かに口に出すのは憚られます。

 

だからこのアニメはこんなにも難解なのでしょう。これが「ピングドラム」を難しく、複雑に、抽象的にしなければいけなかった理由です。

 

口に出せないことを伝えるのが物語であり、芸術です。

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愛を広げなくてはいけない。輪廻の輪を止めてはいけない。

 

これがこの作品の隠されたメッセージです。

 

 

感想

 

大変難しかったと思います。しかし、とてもよく出来たアニメです。「銀河鉄道」を読んだ人は「ピングドラム」を見てください。「ピングドラム」を見た人は「銀河鉄道」を読んでください。きっと理解が深まるはずです。

 

幾原監督は現代の宮沢賢治ですね。これからも注目していきたいです。

 

さいごにどうしても分からなかったのが「生存戦略」という言葉です。どういう意味なのでしょうか。誰か教えてください。

 

<関連>
dangodango.hatenadiary.jp

 

 「注文」は小学校の教科書に載っているのでほとんどの人が知っているはずです。オチが秀逸です。

 

 

matome.naver.jp

 

同じく幾原監督の「ユリ熊嵐」です。「なめとこ山の熊」が下敷きになっています。 

 

 

 

 

 

出典:

http://penguindrum.jp/

https://www.asahi.com/special/timeline/asahicom-chronicle/sarin.html

 https://www.kitadenshi.co.jp/products/2017/penguindrum/strategy/index.html

http://bunshun.jp/articles/-/3091

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B4

https://www.amazon.co.jp/%E7%88%B6%E3%81%A8%E5%AD%90%E3%81%A8%E8%81%96%E9%9C%8A%E2%80%95%E4%B8%89%E4%BD%8D%E4%B8%80%E4%BD%93%E8%AB%96-%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E7%A5%9E%E5%AD%A6%E5%8F%A2%E6%9B%B8-3-P-%E3%83%8D%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%AE/dp/4816501010?SubscriptionId=AKIAJBYZR3GMZFSHEFNQ&tag=naver1-22&linkCode=xm2&camp=2025&creative=165953&creativeASIN=4816501010

https://art.hix05.com/Michelangelo/Sistina/06.sin.html

http://www.gibe-on.info/entry/jesus-christ/

https://www.honda.co.jp/outdoor/knowledge/constellation/picture-book/scorpius/

https://www.shinchosha.co.jp/writer/2936/

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E5%AE%9D%E5%A1%94

http://www.gingatetudounoyoru.com/settei/sankakuhyo.html

https://www.sankeibiz.jp/smp/econome/news/180603/ecd1806031313001-s3.htm

https://www.amazon.co.jp/%E5%8D%97%E6%A5%B5%E7%89%A9%E8%AA%9E-Blu-ray-%E9%AB%98%E5%80%89%E5%81%A5/dp/B00CTHTKMQ

https://www.amazon.co.jp/%E9%8A%80%E6%B2%B3%E9%89%84%E9%81%93%E3%81%AE%E5%A4%9C-Blu-ray-%E7%94%B0%E4%B8%AD%E7%9C%9F%E5%BC%93/dp/B00IRUSUFC

https://www.lifehacker.jp/2017/08/170802-business-success-can-cause-brain-damage.html